料理がなくなる頃には、グレッグの顔は随分と穏やかな物になっていた。 「カレブ」 一生懸命とうもろこしの粥を口に運んでいたカレブは、急に話し掛けられてむせ返った。 「すまないが、明日、最深部に行く前に寄りたい所がある。構わないか」 「・・・別に、いいけど。どこ?」 「私が、忍者ではなくなった場所へ」 「わかった。いいよ」 カレブは、あっさりと了解する。 「あのなあ、カレブ。もうちょっと悩むとか、考えるとかはナシか?」 「いいって言ってるんだから、文句ないだろ。それより・・・」 カレブは、リカルドの口の端を指差した。 「なんだよ」 「食べカス。みっともない」 リカルドは、顔を赤くすると口元をゴシゴシとこすった。 「すまないな」 そう言うグレッグに、カレブは肩をすくめて見せる。 「それ、口癖?」 グレッグは、怪訝そうに眉を寄せた。 「あんた、さっきから謝ってばかりだ。あんまりホイホイ謝られると、本当に謝ってるのかって思うね。あんまり自分を安売りしない方がいいよ。卑屈なのは、リカルドの食べカスよりもみっともない」 グレッグの顔が強張る。 「手前は、もっと謝れ」 リカルドが、カレブの肩をつかんだ。 「放せよ」 「放さないね。言ってる事は正しいかもしれんが、言い方が最低だ。それだと、伝わるものも伝わりゃしない」 「・・・放せよ」 「手前が謝ったらな」 「嫌だ」 「じゃあ、放さない」 リカルドは、カレブを無視してグレッグの方を向いた。 「気にするな、ってところだが。こいつの言う事も一理ある。もうちょっと自信を持って話すべきだな」 ガタンと椅子を鳴らして、グレッグは立ち上がった。 「了解した」 ニッとリカルドは、グレッグの背中に笑いかけた。 「明日、朝。迷宮の入り口で待っている。迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」 「迷惑、上等さ。それが、パーティだ」 グレッグは、背を向けたまま片手を挙げると、酒場から出て行った。 「・・・もう、いいだろ。放せよ」 カレブは、リカルドを睨みつける。 「お前、俺とは怒りながらでも喋るのに、グレッグとはあまり口をきかないな。・・・どうしてだ?」 「知るもんか」 ギリギリギリ。 「い、痛い!」 「これでも、戦士だからなあ。一応力はあるんだ」 話せよ、とばかりにリカルドはカレブを見る。 「嫌いなんだよ」 「グレッグが、か?」 カレブは首を振る。 「ぼくは、忍者が嫌いなんだ!」 そして、カレブは肩をつかまれたまま、リカルドの左頬に拳を放った。 「そして、お前も大嫌いだ!!」 |
「じゃあ、明日の朝迎えに来るから」 カレブは不機嫌そうに、頬を腫らせたリカルドを見た。 「・・・もう、やめろよ」 低く、カレブは呟く。 「こんな奴と、信頼なんて築けないだろ? 時間の無駄になるよ」 「・・・そうかもな。でも、そんな奴と信頼が築けたら、それこそ本物のような気もする」 リカルドの言葉に、カレブは呆れた。 「馬鹿じゃないのか、あんた」 「よく、言われるぜえ」 カラカラとリカルドは笑う。 「とにかく、一階の最深部までは付き合わないとな。それが契約でもあるし。ま、ものはためしって奴だ」 つまり、この馬鹿ばかしい状況は、もうしばらく続くという事だ。 嫌いな瞳をした剣士。 どうして、こうも嫌いなものに囲まれて過ごさなければならないのだろう。 「カレブ」 名を呼ばれて、カレブは伏せていた顔をあげた。 途端に、口の中に何かが押し込まれる。 「!?」 それは、口のなかでクシャリと溶け、喉の奥へと落ちていった。 「甘い」 思わず呟く。 口の中に押し込まれたのは、マルメロ酒を中にしこんだ飴だった。 「あの酒、気に入ったみたいだったから」 ほら、とリカルドは残りの飴をカレブに渡した。 「寒い風が吹くから、喉を痛めやすい。おまけに、お前、怒鳴ってばかりいたろ? コレでもなめて、喉を休めろ」 カレブは、じっと渡された飴を見つめる。 「子ども扱いするなって、怒るなよ。んじゃ、おやすみ」 リカルドは、さっさと隣の部屋に引き上げた。 カレブの胸が熱くなる。 ・・・・・・酒のせいだ。 「絶対、そうだ」 カレブは、自分に言い聞かせた。 |