「今一度、言おう。控えるがよい、下賎なる者よ」 カレブは笑いをさめると、一切の表情を消し、スッと膝を折った。 ようやっと、王族とそれにかしずく民草の図が出来上がった。 レドゥアは満足げに一つ頷くと、女王のほうへと頭を向けた。 「では、陛下。お言葉を」 「ドゥーハンの地下迷宮に挑む者は」 ねぎらいの言葉も、あいさつもなく、唐突に女王の言葉は始まった。 「すべて、王室の管理下におかれる。それは在野の冒険者にしても同じ事。ゆえに、これからわたくしが下す命令は絶対です。否はうけつけません」 サラは、女王の言葉を聞きながら、内心小首を傾げていた。 女王の美しい紅唇からこぼれ出る言葉は、そのイメージを打ち砕くに充分だった。 サラが僧侶を目指した大きな理由の一つが、オティーリエ女王だった。 なかなか出来る事ではない。 なのに・・・・・・
「ここ最近、不死者達が異常発生しています。迷宮の奥から湧き出る死者達は、何故か街を目指している・・・。兵達が掃討にあたっていますが、成果はあまり好ましくない・・・。現在不死者達は迷宮第二層にまで達しています」 グレッグは思わず伏せていた顔を上げた。 グレッグの隣では、リカルドが小さなうめき声をあげていた。 ある程度の深さまで迷宮に潜れる二人には、事態の深刻さがつかめたのだ。 「原因は、忍者部隊が調査中です。しかし、時間がない。原因を突き止める前に、荒ぶる死者を鎮めねばなりません。本来なら、我が手勢だけで事に当たるのですが、数が足りない。足りぬどころか、不死者に倒され、自らがその中に加わる者まで現れる始末です」 女王は眉をひそめた。 サラの不快感は一気に最高潮に達した。 自らの命を受け、死力を尽くした者にその態度はあまりではないか。 ムカムカと腹を立てるサラを抑えたのは、意外にもカレブだった。 「本意ではありませんが、冒険者の力を借りたい。そなた達に命じます。第二層の不死者掃討に当たる兵の援護をなさい」 「ハッ」 短く、カレブが答えた。 「勅命、謹んでお受けいたします」 ぽかんとリカルドが口を開く。 そっとカレブをうかがうと、彼女は真摯な瞳で女王を見つめていた。 女王は頷くと、レドゥアを振り返る。 「クイーンガード長。この者達に通行許可証を与えなさい」 「かしこまりました」 レドゥアはカレブとサラに、小さな羊皮紙を手渡した。 「階段を護る者にこれを見せれば、以降の通行が可能になろう。苦戦する兵を助けてやってくれ」 レドゥアの唇が笑みを刻む。 「ヴァーゴが言っていたぞ。見込みのある冒険者が現れた、とな」 「お褒めいただき、光栄です」 立ち上がり、カレブは答えた。 「心せよ。迷宮の深部から吹くこの風は、不死者がもたらす死の国の風。かき抱かれて、堕ちるなよ」 「女王陛下の御名の許、見事使命を果たしましょう。・・・・・・行くぞ、リカルド、グレッグ、サラ」 カレブは、レドゥアと女王の間を通り、奥の扉を開けると王室管理室を後にした。 それを見送り、気配が遠ざかるのを待ってから、レドゥアは笑った。 女王が、ひたとレドゥアを見つめる。 「どうしたのです、クイーンガード長」 レドゥアはそっと手を伸ばすと、指で女王の頬をなでた。 「教えたはず。二人の時は、レドゥアと呼べ、と」 「では、レドゥア。どうしたのです。何を、笑っているのですか」 慈しむように女王をなでながら、しかし、レドゥアは目の前の女王を見てはいなかった。 「心にも無い事をさえずる小鳥が愉快だったのだ。相変わらず直情的で、そして、勘が良い・・・」 「小鳥? 鳥など、いはしない」 女王の答えに、クッとレドゥアは苦笑した。 「・・・そうだな」 レドゥアは、カレブが立ち去った方向を見つめる。 「朗報を、期待する。かつての同胞よ」 レドゥアの暗い笑声は、カレブの耳に届く事はなかった。 |
王室管理室を出たカレブは、どんどん突き進んだ。 そして、バンっと壁をなぐった。 リカルドが、そっとカレブの肩に手を置く。 「もう、行儀が良いのは終わりか?」 「別に」 いつもの冷たい瞳で、カレブは答えた。 「行儀よくしてたわけじゃない。芝居につきあっていただけだ」 「芝居だって?」 キッとカレブはリカルドをにらみつける。 「あれが芝居じゃなかったら、何だって言うんだ」 拳を握り締めながら、カレブは言葉を続けた。 「あれは、芝居だ。出来の悪い。吐き気がするほど、出来の悪い芝居さ!」 「カレブ君も、女王様の態度がショックだったのね」 頷きながら、サラはカレブの手を取った。 「優しい女王様だと思っていたのに、わたしもがっかり」 そう言って微笑んで、サラはハッと息をのんだ。 「・・・・・・カレブ君?」 カレブは唇をかみ締めると、サラとリカルドの手をどけた。 「とにかく、これで進める。ぼくは、先に進みたいんだ」 「共に行こう」 グレッグが笑った。 「だが、ゆめゆめ油断はするな。クイーンガード長の言うとおり、迷宮の奥から死の国の風が吹く・・・・・・」 「わかってるさ」 呟き、カレブは何故かその風が、とても身近な物であるような・・・・、そんな感覚に囚われた。 |