はあはあと荒い息遣いが、迷宮の中に響きわたった。 「くそっ・・・、迷宮の中が暖かいなんて思ったの、初めてだぜ・・・」 ぐったりと壁にもたれながら、リカルドは濡れて重くなったマントを脱ぎ捨てた。 体力を温存しながら歩いてきたつもりだったが、しばらく休憩しないと進めそうにない。 「大丈夫か、サラ。寒いのか」 声をかけながら、リカルドは何かかけてやるものをさがした。 「あー、まいったな。みんな濡れてる」 細い指が、ギュッとリカルドの腕をつかんだ。そこにこめられた力に驚き、リカルドは振り返る。サラは、青ざめた顔でうつむいていた。身体の震えがとまらない。 「サラ?」 怪訝そうに、リカルドはサラの名を呼ぶ。 「リ、リカルド」 サラは、リカルドに抱きついた。 「ねえ、何か怖いよ。とても、怖い。みんなは、なんともないの?」 ラディックの表情がほんの少し硬くなったのを、カレブは見逃さなかった。 「ぼくらが呼び出された事と関係が?」 ラディックはゆっくりと、本当にゆっくりと振り返った。 「そのご婦人が「死」の波動を感じて怯えているのなら、そうだ」 「死の、波動?」 言葉を繰り返して、サラは思わず立ち上がった。 「そ、そうだわ。今ここに満ちている空気は、死の国を思わせる。どうして? 昨日来た時はこんな気配はしなかったのに・・・」 「死の波動・・・」 グレッグは小さく呟き、宙を睨みつけた。 「答えが知りたければ、来い」 ラディックは疲れた身体を翻し、迷宮の奥へと向かって歩き出した。 「行くぞ」 リカルドは、瞬きした。 カレブは、行くぞ、と言った。 差し伸べた手が宙を泳ぐ。 「・・・・・・リカルド?」 上から呼びかけられ、リカルドは立ち上がった。 「なんでもないさ」 リカルドは人懐こい笑みでひとまずサラを安心させると、急いで先行した二人を追った。 王室管理室の前で、ラディックはいったん振り返った。 「では、女王陛下とクイーンガード長の御前に案内する。くれぐれも失礼のないようにな」 怯えと緊張でガチガチになったサラがギクシャクと頷く。 ラディックは扉をノックすると名乗った。 「第十二騎士隊所属、ラディック=フォード! 任務を遂行し帰還致しました!」 「入れ」 低いが良く通る声が、扉の向こうから聞こえた。 ラディックのよこした合図と共に、カレブ達は王室管理室の中に入った。 しかし、カレブはサラとは違う印象をもった。 カレブは密やかに顔をしかめると、そっと部屋の中を観察した。 人形が居た。 生でもない。死でもない。異質な存在。 と、人形の口が動いた。 「任務ご苦労」 魂のこもらない楽の音が響いた。 そのぶしつけな視線に気づいたのか、人形の隣にたっていた初老の男が、青いローブを翻した。バサリという大きな衣擦れの音に、ハッとカレブは我に返る。 「ラディックは下がり、通常の任務に戻れ」 初老の男に敬礼をし、人形に深く頭をさげ、ラディックは退出した。 「控えるが良い、下賎なる者よ。女王陛下の御前である!」
ぎょっとしてリカルド達がカレブを見る。 カレブは、腹をかかえて笑っていた。 「お、おい、カレブ」 男には聞こえないように、リカルドが呟き、カレブの手を掴む。 しかし、カレブの笑いは止まらない。 スッと男の猛禽の目が細くなった。 「す、すみません! こいつ、こういうのに慣れてなくて、いや、ほら、何しろ元はコソ泥だから・・・」 言ってから、何のフォローにもなっていない事に気がついた。 「あの・・・、その・・・」 グレッグは肩をすくめ、サラは呆れ顔だ。 「長、その、こいつは」 フォローの続きを言いかけて、リカルドは口をつぐんだ。 初老の男、つまりクイーンガード長、レドゥア=アルムセイが笑みを浮かべていたからだ。 「この私の言葉を聞き流すとは、中々の気骨。・・・ふむ、それに・・・」 面白い。 続くその言葉は、発せられることはなかった。 出来の悪い芝居じみた状況の中、人形・・・、女王は、ぴくりとも表情を変えなかった。 |