リカルドは、ヒリヒリと痛む頬をサラに癒してもらいながら、剣士とカレブの会話を見守った。 カレブは顔を紅潮させたまま、青い瞳をキラキラと輝かせ剣士に詰め寄る。 「あんたに、聞きたい事がある」 剣士は、鷹揚に頷いた。 「あんた、言ったね。ぼくに、興味がある、と。それは、どうしてだ。スリをするぼくが、ただ目についた、それだけが理由じゃないだろう?」 「・・・・・・」 答えない剣士に、イライラとカレブは言葉を重ねる。 「よくよく考えてみたらおかしいんだ。ただのスリを、こうまでして縛りつける理由がわからない。何かがあるとしか、説明がつかないんだ」 「どうやら、脳に血が流れ始めたようだな」 三日前の出会いの時を皮肉ったような言葉に、カレブの眉が跳ね上がった。 「答えろよ、何故こんなまわりくどい事をするっ? あんたは、ぼくを知ってるんだ。ぼくさえ知らない、ぼくの事をっ! そうとしか、考えられないっ!!」 懸命なカレブの言葉に、ハッとサラは息をのんだ。 「あ、あの」 サラは、勇気をふりしぼって剣士に声をかけた。 「あなたとカレブ君がどういう関係かは、知りませんけど、何か知っているんだったら、教えてあげてくださいませんか? カレブ君には、聞く権利があるはずだわ。だって、あの魔術師との勝負に勝ったんですもの!」 カレブは、余計な事を、とは言わなかった。 「確かに私は、ただのスリをこらしめたわけではない。お前が・・・」 スッと剣士はカレブを指差した。 「お前が、私の半身だからだ」
「お前は、私の失われた私。私は、お前の失われたお前。我らは、二人で一つの魂」 「まさか、ぼくがあんたの恋人とか言うんじゃないだろうな」 言いながら、カレブは身を震わせた。 剣士は、面白そうに笑った。 「違うな。そんな陳腐なものではない。言葉どおり、我らは二人で一つなのだ」 さっぱりわけがわからない。 「一目見た時に、直感した。お前が、我が半身だと。だが、確かめなければならなかった。だから、このような手段を使った」 「確かめる・・・? 確かめるって何をさ」 無言で剣士は剣を抜くと、カレブに斬りかかった。 「何をする!」 「これを、確かめたかったのだ。お前に、戦う力があるか、どうかを」 気色ばむカレブに構う事無く、剣士は静かに言葉を続けた。 「お前は、ただのコソ泥だそうだが。コソ泥がこんな真似ができるのか? 短剣で長剣をとめるなど、なかなか出来る芸当ではない。ちなみに、今の一撃。私は手加減しなかった」 ハッ、とカレブは笑った。 「ぼくは、器用なんだろうさ」 「いや・・・、違うな」 リカルドが口を挟む。 「器用なだけじゃ、こんな事は出来ない。力の入れ加減がわからない。どの角度で、どれだけの力をこめれば止められるか。それが、わからないはずだ」 カレブは、短剣をゆっくりと引くと、鞘へと戻した。 「・・・じゃあ、なんだって言うんだよ」 リカルドに背を向けたまま、小さく呟く。 「いや、それは、わからないけど。お前、強すぎるよ。やけに巧みに戦いすぎる。さっきの魔法だって、鮮やか過ぎた。よくは、わからないけど、お前の身体は、戦いってものを知っている」 「わたしは、知らないっ!」 振り返り、カレブは叫んだ。 「戦いなんか、知らないっ!! わたし、わたしは・・・!」 酷く自分が怖かった。何者かわからない自分が。 「わたしは、親に捨てられたただのハーフエルフで、閃光で怪我したところを、アンジュウの村人に助けられたっ。でも、そこには長くいられなくて、一人で生きていかなきゃいけなくて・・・! 器用な手先に頼るしかなかった。汚れなきゃ、生きていけなかった。わたしは、わたしは、ただそれだけの人間でっ・・・!!」 サラが、カレブを抱きしめた。 「ごめん、カレブ君。ごめんね。わたし、昨日ひどい事言ったね。何も知らずに、一生懸命生きてきたあなたを否定した。ごめんね・・・」 「うっ、ううっ・・・」 カレブは、サラの胸に顔をうずめ、声を上げて泣いた。 リカルドが近づき、くしゃくしゃとカレブの髪を撫でる。 「ばかああっ! 優しくなんか、するなっ!! こ、心が緩んだら、生きていけないじゃないかっ!!」 「しめっぱなしでも、生きていけないだろ。いつか、はじけ飛ぶぞ」 手を止めずに、リカルドが言う。 「うるさい、うるさい、うるさーいっ!!」 「ああ、もう。この意地っ張りめ!」 こつん、とリカルドはカレブの頭を叩いた。 「仲が良いのはいい事だが」 剣士の言葉に、リカルド達は我に返った。 カレブは、サラから身体を離し、ごしごしと目をこすると、剣士の方を振り返った。 「幾ら泣いても、どれだけ否定しても、お前が我が半身という事に変わりはない」 剣士は淡々と言葉を連ねる。 「・・・証拠は? ぼくが、戦いを知っている、それだけじゃ認められない」 剣士の唇が、冷笑をきざんだ。 「”ついて来い。この「風」に”」 カレブが、目を見開く。 自分の記憶の底にたゆたう、言葉。 「なんで、あんたそれをっ!!」 ガッとカレブは、剣士の襟元を掴んだ。 「”一緒に、このドゥーハンの青空を映しましょう”」 剣士は次に、カレブも知らぬ言葉を口にした。 剣士は、冬の泉の瞳で、ひたとカレブを見つめた。 「クルガン、ソフィア・・・」 「・・・・・・!?」 カレブは、よろめいた。 リカルドが支えてくれなかったら、倒れていたかも知れない。 「私にとって、これは、仲間の名だが・・・、お前には、別の意味をもっている」 「カレブ・・・?」 青ざめた顔で、短い呼吸を繰り返すカレブを、心配そうにリカルドが呼んだ。 一拍の間があって、剣士の口が開かれた。 「私とて、この街にたどりついた時は、ただ使命感しか心に持ち合わせていなかった。私は、それに突き動かされるように迷宮の深みを目指し・・・」 剣士の瞳の色が深くなる。 「そこで、知った。己の事を。己が、完全ではない事を。だが、私は認めなかった。真実に目をそむけ、突き進み、このような身体になった。もう、私には、あまり時が残されていない・・・」 「剣士殿」 グレッグが息を飲む。 「私は、休息の眠りにつかねばならない。別れ、欠けた魂が、一つに戻るその時まで。今度はお前が、私がたどった道をたどる番だ」 「まっ、待てよっ!!」 カレブは、ふらつく身体を起こした。 「待てよ、何がなんだかわからないよ!! 結局、ぼくは、なんなんだ。半身ってなんなんだっ!」 剣士は、薄れゆく指で、迷宮の奥を指差した。 「行け、流浪なる我が半身よ。この迷宮の第八層で、お前は求める答えを得るだろう。分かれた「三つ」の魂が一つに戻るその時に、再び会おう」 「三つ・・・?」 「そして、その時には、蘇生の代金を返してもらわなければな」 ははは、と剣士は楽しそうに笑うと、空気に溶けるように消えた。 呆然として、カレブは叫ぶ。 「ば、馬鹿野郎!! ちっとも面白くないぞ!! これっぽっちも笑えない!! そんなくだらない冗談より、ぼくの質問に答えろーっ!!」 しかし、返答はなかった。 カレブは、こみあげる吐き気を無理やり押さえつけると、迷宮の奥深くを睨みつけた。 「答えが・・・・・・、ここに、答えがあるのなら」 冬の泉の瞳に、今、ほの暗い決意の光が灯される。 |