リカルドは、カレブの事が気がかりだった。 初めこそ、自分の全財産をすりとった腹立たしい奴だと思っていたが、しだいに目が離せなくなった。 カレブは、確かに強いし、頭の回転も速い。一人でも充分やっていけそうな気はする。しかし、どこか放ってはおけない危うさがあるのだ。 カレブの全身を支配する、緊張感。サラ達にも言ったが、猫が毛を逆立てて、必死に威嚇しているように見える。キツイ性格は、弱みを見せたくない心の裏返しなのではないだろうか。 怒りながら、しかし泣きそうな顔をして酒場を飛び出したカレブが、リカルドの心にひどく残っていた。 グレッグと別れ、サラに部屋をとってやってから、リカルドはカレブの部屋を訪ねた。 もしかしたら、怒って居留守を使っているのかもしれないと思い、リカルドは扉越しに呼びかけた。 「カレブ。居るんなら、返事しろ」 しかし、応えはない。 「カレブ、寝ているのか?」 ノブに触れた拍子に、ギィッと扉がわずかに開いた。 リカルドは、静かに扉を押し開けると部屋の中に入った。 「・・・カレブ?」 部屋に、少年は居た。 しかし、それがカレブかどうかは、一瞬リカルドにはわかりかねた。 机につっぷしている少年の髪は、茶色ではなく、銀、だったから。 リカルドは足音を忍ばせ、少年に近づくと、そっと顔を覗き込んだ。 「カレブ」 机につっぷしていたのは、髪の色は違えど、間違いなくカレブだった。 耳をすましてよくよく聞いてみると、カレブは”ごめんなさい”と言っているようだった。 「誰に謝っているのか知らないけど」 リカルドは肩をすくめると、カレブを起こさないように静かに部屋を出た。 「・・・我ながら、ホント、人が好いよな」 しばらくそうやっていると、サラがハミングしながらやって来た。 「あら、リカルド? あなたそんな所でなにやってるの?」 「番」 「ふーん?」 サラはしゃがみこむと、リカルドと視線を合わせる。 「で、あんたは?」 「わたし? わたしはあなたに迷宮の事を聞こうと思って」 がっくりとリカルドはうなだれた。 「ま、まだ聞く事があるのか」 「うん、でも、なんだか、どうでもよくなっちゃった」 キラキラとサラの瞳が輝く。 「な、なんだよ」 「あのね? リカルド」 「あ、ああ」 「あなたって・・・」 「あなたって?」 にこおっとサラは少女のような笑みを浮かべた。 「あなたって、そういうシュミなの?」 あまりの言葉に、リカルドは声を失い、脱力した。 |
風が激しく鎧戸を叩く音に、カレブは目を覚ました。 「まずい。寝過ごした・・・」 慌てて短剣や、手投げナイフを身につけ、部屋を飛び出す。 ガッ! と扉が何かに当たり、ぐふうっ、と蛙がつぶれたような声がした。 「あんた、なにやってんだ」 カレブは冷ややかに言い放った。 起き上がったリカルドは、カレブを見てハッと息を飲んだ。 「何」 「お前、目が・・・」 「目? ・・・・・・目!!」 これ以上はない、という程カレブはうろたえた。
「・・・髪?」 「そう、銀色の。珍しいけど、綺麗な髪だな」 すうぅっとカレブは青ざめた。 「ああああああっ!?」 大声に、バタン、バタンと扉が開き、冒険者達が顔を出した。 ねぼけまなこのサラが、カレブを見て、目を丸くした。 「カ、カレブ君、その髪、どうしたの!? それに、目も・・・! な、なにか、病気!?」 「病気のわけ、あるか! これは地毛だっ! 目も、元からこうだっ!」 「銀色」とか、「泉のような」とか、「珍しい」といった単語が、冒険者達の間をかけめぐる。 「カレブ君、カレブ君、カレブ君。じゃあ、染めてたってわけ?」 わくわくと尋ねるサラに、カレブは叫ぶ。 「うるさい、名前を連呼するな、この能天気女!!」 乱れた世を生きるには、目立ってはならない。スリをするならなおの事。 その思いとは裏腹に、銀色の髪と青い瞳のハーフエルフとして、カレブは強烈に冒険者達の心に残った。「カレブ」という名前と共に。 「ああ、もう、お前のせいだァッ!!」 最早完全にやつあたりだったが、カレブはリカルドを蹴り飛ばした。 「む、報われねえ・・・」 吹っ飛びながら、リカルドは苦々しく呟いた。 |