涙をぬぐったカレブは、行かなくてはいけない所があった事を思い出した。 目的の場所は、酒場から少々離れた裏通りにあった。 扉には、炭で黒々と「小間物屋」と書いてあった。 カレブが扉を開けると、ギィギィと嫌な音がする。 奥に店番らしい老婆が一人、小さな椅子に腰掛けている。 客は、若い娘が一人。 ふとした瞬間、その金色の髪からとがった耳が見えた。 エルフだ。 最も美しく、最も賢く、最も神に近い生物、エルフ。 カレブの身体にも、半分エルフの血が流れている。 何か彼女に心惹かれる物を感じながら、カレブは陳列された商品を物色した。 「・・・あれ」 端からもう一度、よく見る。 小間物屋は、道行く人にきいたところこの一軒のみで、ここに目的の品がなければ、諦めるより他はない。 カレブは青ざめた。 「やばい、な。あれがないと・・・」 聖都は、廃墟と化したとはいえ大きな街だ。ここなら、心配しなくてもあるだろうと、タカをくくっていた。もう、一回分しか残っていないのに。 「あなた、大丈夫?」 優しい声が、カレブの耳を打った。 「大丈夫。・・・少し、困っただけだから」 カレブは、言葉少なに答えた。 「困ったって?」 首をかしげ、微笑を浮かべて娘は言った。 「探してた物が、ないようだから」 「何を探していたの?」 「髪粉」 素直に答える自分が不思議だった。 「あら、あなたのこの髪、染めているのね?」 「あ、ああ。うん、そう、なんだ」 「そうね、エルフの血が混じっているのなら、もう少し、明るい色になるはずだものね」 娘は振り向くと、店番の老婆に尋ねた。 「おばあさん、この店に髪粉はないのかしら。できれば、茶色の」 カレブは、期待して老婆を見た。 しかし、老婆は首を振った。 「ないね。このご時世、髪を染めようだなんて呑気な人は、いないからね」 はあ、とカレブはため息をつく。 「あなた、髪粉がないと、困る?」 「・・・うん、困る」 最後の一包みを使ったら、ここを出て行かねばならないだろう。
剣士に目をつけられたり、迷宮にもぐる事になったり、散々な目にあった。
「え?」 エルフの女性独特の、青緑色の瞳が優しい光を浮かべていた。 「知り合いに、調合を頼んでみるわ。材料を集めるのに、少し時間がかかるけれど」 かまわない? と彼女は言った。 「助かるけど。でも、どうして?」 「そんな悲しそうな顔をしている子を、放ってはおけないわ」
せいせいするって思っていたのに。
「あ、ありがとう」 「どこに、届ければいいかしら?」 カレブは、宿泊している宿を告げた。 「わかったわ。それじゃ、また会いましょうね」 軽く手を振ると、彼女は店から出て行った。 「不思議な人」 ぽつりとカレブは呟く。 ゴホン、と咳払いの音がした。 買い物もしないで長話をされたら、迷惑極まりない。 カレブは肩をすくめると、身体を洗う為のハーブを詰めた袋を買った。 |
湯浴みをしたいというと、宿の主人は快く浴室の用意をしてくれた。 扉に使用中の札をかけ、鍵をかける。 小さな椅子に着替えを置いて、カレブは汚れた服を脱いだ。 「・・・っと。これも、外しとかないと」 カレブは、目に手をやった。 目じりの端を押さえ引っ張ると、ぽろりとなにかが手のひらに落ちる。 カレブは、もう片方の目にはめた色硝子も外した。 「ふうっ」 なくさないよう、服の上に置き、カレブは数度瞬きをした。 壁にすえつけられた鏡に顔が映って、カレブは苦笑した。 「ほんと、嫌な色。大嫌いだ・・・」 カレブは、苦々しく呟くと、ため息をついて鏡から離れた。 湯に入る前に、身体と髪を洗う。 細い髪から、どんどん色が抜け落ちていく。髪粉で染めた枯葉のような茶は湯に溶け、かわって生来の色が現れた。 清水のような、美しい銀色。 きゅっと髪を絞って水気を払い、カレブはたらいに飛び込んだ。 湯のぬくもりを楽しみながら、カレブは前髪をつまんだ。 「まったく、目立つったら、ありはしないよ。どうせ捨てるなら、母さんももっと地味に産んでくれたらよかったのに。そうすれば、髪粉に色硝子なんて余計な出費をせずに済んだんだ」 カレブは、記憶にない母親に愚痴をこぼす。 カレブの髪と瞳は、スリをするには、あまりに目立ちすぎた。 だから、カレブは最も一般的な色合いで、自分の印象を消した。もくろみは見事に成功し、茶色の、どこにでもいるような少年が出来上がった。 おかげで、スリはたやすく成功し、誰かの目に止まるという事もなかった。 自分と同じ瞳を持つ剣士を思い出して、カレブは唇をかみ締めた。 「何者なんだ、あいつ。どうして、ぼくに興味がある。ぼくの、何を、知っている?」 呟いて、カレブはハッとした。
「街を出るにしても、それだけは、確かめなくちゃ」 サラの言葉がきっかけかもしれない。 |