グレッグは、静かに祭壇に近づき右手を当てた。 「どうだ。恐怖は消えたか」 やっとカレブから解放されたリカルドは、頭を振りながらグレッグの後姿に問うた。 「なんだよ、それはっ! 散々苦労した結果がそれなのかっ!?」 カレブは、またヒステリーを起こした。 「ああ、叫ぶな。頭に響く」 リカルドは、しかめつらでカレブの口をおさえた。 「むぐう!! うううう!!」 後ろから抱え込まれた形になり、カレブはもがいた。 数度肘鉄を繰り返し、手がいい加減痺れてくると、カレブはついに諦め、静かにした。 リカルドは、ニヤリと笑うと、カレブから手を放した。 シンとした沈黙が訪れる。 グレッグは、白い息をひとつ宙に漂わせると、おもむろに口を開いた。 「あの時と同じ場所に立ち、あの時と同じ魔物と戦った。怪我をする事もなく、私は生きている。私は、あの時をやり直した。だが、恐怖は、消えない・・・」 静かに開かれる、漆黒の瞳。 「恐怖は、消えない。だが、それでいいのかもしれない」 意外な言葉に、カレブはキョトンとしてグレッグを見た。 「私は、もがいていた。「死」という恐怖と戦い、なんとかして打ち勝とうと。そうでなければ忍者でいられない、と。・・・だが、実際には私は忍者で、ここに、こうして立っている」 リカルドは、大きく頷いた。 「そうだな。どこから見ても、立派な忍者に見えるぜ」 「私は、恐怖を抱いたまま、生きようと思う。この恐怖に怯えるのではなく、共存しようと思う。死は、いずれ等しく皆の上に訪れるのだから。ならば、この恐怖を見つめ、来るべき死に備えよう。息絶えようとするその時に、再び後悔しないように。悔いのない人生だったと思えるように・・・・・・」 「・・・あんた、強くなるぜ」 リカルドが笑った。 「恐怖なんて、知らないですむんなら、その方がいいけど。知ったら、知ったゆえの強さが生まれると思う。無知ゆえの強さより、きちんと理解して、何かを掴んだ強さの方が、確かだと思う」 な、カレブ。とリカルドは言った。 グレッグは、苦笑しながら聞いた。 「君は笑うだろうか。消えない恐怖を抱く忍者、と」 リカルドは、ちらりとカレブを見る。 「馬鹿だな」 カレブは呟いた。 リカルドは、あわててカレブを止めようとする。 「馬鹿だな、それを、乗り越えるって言うんだろう?」 そして、プイと横を向く。 リカルドとグレッグは、顔を見合わせる。 |
十字路まで引き返したカレブ達は、さらに奥を目指した。 「あれ。ラディックさん、居ないな」 リカルドはキョロキョロと辺りを見回した。 「珍しい事もあったもんだ」 「誰、ラディックって。魔物?」 カレブの言葉に、がくっとリカルドは肩を落とす。 「んなわけ、あるかっ! あの人は、王宮騎士だ。だいたい、「ラディック」なんて名前がついている魔物がいるわけないだろうが」 カレブは挑戦的な表情を浮かべると、キャスタを前に突き出した。 「こいつには、「キャスタ」とかいう、やたら立派な名前がついているけど?」 褒められたと思ったキャスタは、嬉しそうに何度も頷く。 「ヤメロ。涎が飛ぶだろ」 キラキラと飛び散る涎に、カレブは思わずキャスタから離れた。 「ラディック殿がいないという事は、女王やクイーンガード長も居ないという事だろうか」 ゆっくりとカレブが顔をあげた。 グレッグは、いぶかしげに呟いた。 「どうした、カレブ」 リカルドも、カレブの様子が普通ではない事に気がついた。 「カレブ」 名を呼び、細い肩に手を乗せる。 「・・・気分、悪い」 いつもなら振り払うだろうリカルドの手もそのままに、カレブは答えた。 「おかしいな。急に・・・」 「貧血か?」 カレブは首を振る。 青ざめる顔色に、リカルドは不安になった。 「戻った方が、いいな」 きびすを返そうとしたリカルドを、カレブは手を掴んで止める。 「戻らない。行くよ。早く、終わらせたい」 「・・・そんなに、イヤか、俺達が」 リカルドは、苦笑した。 「ああ、イヤだね」 フンとリカルドは鼻を鳴らすと、歩き出した。 「いいのか、リカルド」 すれ違いざま、グレッグが呟く。 「言い出したら聞きやしないよ、あの意地っ張りは。さっさと進んで、休ませる」 なるほど、とグレッグは頷いた。 カレブは、目を瞑って呼吸を整えると、二人に続く。 リカルドが扉を開けると、女と目が合った。 娘は、目を潤ませるとリカルドに抱きついた。 「神様、感謝します!」 カレブは、むかつきがいっそうひどくなったような気がした。 |