カレブの手投げナイフの一撃は、リカルドめがけて放たれたボギーキャットの攻撃を見事に防いだ。ボギーキャットは、肩に深く食い込んだそれを忌々しそうに睨み付ける。

 残った手投げナイフは、あと四本。

「四回だ」

 ボギーキャットから視線を外さず、カレブは言った。

「四回、ぼくが攻撃を止めてやる。だから、その隙に倒せ」

「わかった。頼むぜカレブ」

 剣を握りなおしながらリカルドが呟き、グレッグは無言で頷いた。

 ボギーキャット達は体勢を低くし、毛を逆立てている。
 まさに、猫が獲物を狙う時のそれだ。
 長い尾が、狩猟の喜びのためか、ユラユラと揺れた。

 カレブは肩の力を抜きながら、呼吸を整える。

 ゆるゆると緊迫した空気が流れ・・・・・・、そして、突如爆発した。

 ボギーキャットの強靭な後ろ脚が、地を蹴る。


 右? いや、左だ!


 カレブは、ためらいもなく左手で手投げナイフを抜くと、投げ打った。
 手首のしなやかな返しによって解き放たれたそれは、吹きすさぶ風に落とされる事もなく、正確にボギーキャットの左目を射抜いた。

 のけぞるボギーキャットに、すかさずグレッグがダガーの一撃を食らわせる。
 ビクリと一瞬獣の身体が震え、命の気配が消えうせた。

 これで残るは三体。

 グレッグは、自身に挑みかかるかのように、ぐっと前へ踏み出した。

 忍者の攻撃は素早い。
 その動きは流れるようで、上級忍者ともなると「風」や「雷光」と称される。

 グレッグがその域に達するには、まだ長い修行の時を必要とするだろう。
 だが、今牙をむく敵を翻弄するには充分な動きだった。

 連続して繰り出される爪を紙一重でかわしながら、機を見て攻撃をしかける。

 そのグレッグの戦う姿が、ふと、誰かとかぶった。
 瞬間、カレブの脳裏を過ぎる声。


 ”ついて来い。この「風」に”


 振り返った熱い瞳。それを、ぼくは、覚えている。


「カレブー!」

 キャスタの叫び声で、ハッとカレブは我に返った。

 一匹のボギーキャットと取っ組み合うリカルドを狙い、もう一匹が跳躍しようとしている。
 醜く歪んだ口元に浮かぶのは・・・、間違いなく笑み。

「させるかっ!」

 カレブは、ナイフを放った。
 同時に、二本。

 一本は、リカルドの頬すれすれを飛び、牙をむくボギーキャットの額に突き刺さった。
 残る一本は、宙に飛び上がったボギーキャットの肩口を切り裂く。

 額を貫かれたボギーキャットは、白目をむくと、ぐったりと前かがみに倒れた。

「おわわわわっ!」

 避け損ねたリカルドが下敷きになる。
 ずっしりと体重がかかり、動けない。

「カレブっ!」

 倒れたまま、リカルドは叫んだ。
 怒りに燃えたボギーキャットが、カレブめがけて突き進むさまを目にしたからだ。
 グレッグは残る一匹と戦っている。彼の手助けは望めない。


 このままじゃ、カレブがっ!


 あせるリカルドを尻目に、ボギーキャットは、一息でカレブとの間合いを詰めた。
 カレブがギリギリで手投げナイフを放つが、ボギーキャットは難なくそれを避ける。

 カレブの手に、ナイフは、もうない。

 ボギーキャットは残忍な笑みを浮かべ、大きく宙へと舞い上がった。
 反撃の手段を持たない哀れな盗賊を、存分に引き裂くつもりだ。

 ボギーキャットの白い身体が、カレブの視界一杯に広がった。
 カレブはわずかに膝をおとしてかがむと、一気に右手をつきあげる。

 くぐもった悲鳴が、あがった。

「ぼくの勝ちだ」

 カレブは、ボギーキャットの喉に柄までもめりこんだ短剣を、無造作にひねった。
 ガハッとボギーキャットは大量の血を吐く。

「所詮は獣。頭弱いね。武器を全部手放すわけないだろ」

 カレブが短剣を引き抜くと、血が三日月のような孤を描いて吹き出した。
 ボギーキャットは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。

 キャスタは、恐るおそる閉じていた目を開いた。
 予想していた惨劇は、そこにはなかった。
 カレブが顔をしかめ、顔や身体にかかった獣の血をぬぐっている。

「ああ、もう。汚れたじゃないか」

 キャスタは、カレブに近寄った。

「カ、カレブがやっただか?」

 カレブは皮肉な笑みを浮かべた。

「忍者と戦士が役立たずだからね」

 キャスタが振り返ると、グレッグは残っていた一体を倒し終えたところで、リカルドはまだ倒れたまま、じたばたともがいていた。

 カレブは、そんなリカルドに駆け寄ると、彼の頭を力いっぱい蹴り上げた。
 兜の金属部分にあたり、クワン! と間抜けな音がする。
 痛みと音に、リカルドは悶絶した。

「まったく、何が任せとけだ、この馬鹿戦士!! もうちょっとで大怪我するところだっただろ!!」

 グレッグが苦笑しながら、ボギーキャットの死骸をリカルドの上からどける。

「この、馬鹿、馬鹿、馬鹿!!」

 頭を抱えるリカルドに、カレブは子供のように叫び続けた。

「剣士様」

 キャスタは、この場にいない己の主人に呟く。

「確かにカレブは強いだども・・・、本当にカレブでいいんだか?」

 ぎゃあぎゃあとうるさいハーフエルフの少年を見ながら、キャスタはひたすら不安だった。