バン! と勢いよくカレブが扉を開けると、風にあおられた雪が、乱暴に舞っていた。
 冷たい風が、頬を切るように吹き抜けていく。酷く、視界が悪い。

「・・・外?」

 両腕で顔をかばいながら、カレブは呟いた。

「そうだ」

 スッとカレブの前にグレッグが立つ。幾分、風の勢いが殺されて呼吸がしやすくなった。
 カレブは、ゆっくりと、腕を下ろす。

「迷宮の一階には、このように外とつながっている場所がある」

「風、強くなってるな。視界がきかない」

 追いついてきたリカルドが、用心深く辺りを見渡した。

「あの時も、そうだった」

 力強く踏み出したグレッグのその一歩は、風に抗うためか、過去に抗うためなのか・・・
 判別はつかない。

「一人で迷宮を探索していた私は、ここに下層への近道があると聞いて調べにきた」

 舞い散る雪の中をグレッグは進む。
 やがて、白く霞む視界に、黒々とした石造りの祭壇が姿を現した。
 ひび割れ、今にも崩れそうな祭壇は、だがどっしりとした存在感で、一行の前に立ちふさがっていた。

「この祭壇だ。私は、これに気を取られ、注意をおろそかにした。そして・・・」

「ねえ」

 グレッグを見守るリカルドの服のすそを、カレブは引っ張った。

「静かにしてろよ」

「あれ。・・・骨、じゃないのか」

「え?」

 カレブが指差したのは、祭壇の陰で雪に埋もれて転がっている髑髏だった。
 一つ、ではない。あちらに二つ。こちらに一つ。向こうに一つ・・・

「あわわわわ」

 ガタガタとキャスタが震え出す。

「そして、魔物に襲われた」

 グレッグの手が翻った。
 そこには、いつの間にやら抜かれたダガーが、鈍い光を放っていた。
 ギャゥン! と甲高い悲鳴を上げ床に転がったのは、雪風の向こうから跳躍してきた白い獣だった。

「そう、こいつだ」

 リカルドが剣を抜き放ち、白い闇を睨む。
 辺りを複数の殺気が取り囲んでいた。
 黄色く光るものは、獣の目であろうか。

 カレブは、身体を起こす獣に目を奪われた。

 白い毛皮に覆われたしなやかな身体。鋭い爪。全体的なイメージは、巨大な猫だ。
 だが、その上半身は。
 人間の女のそれだった。

 もっとも、長く牙が伸び、獣の耳を生やすそれを、人間の女と呼ぶのなら、だが。

「ボギーキャットかよ!」

 叫びながら、リカルドは剣を振るう。

「嫌な相手だ。カレブ、気をつけろ!」

 リカルドの顔が真剣になっていた。
 言葉どおり手ごわい相手なのだろう。

 充分に距離をとってから、カレブはダガーを構える忍者に尋ねた。

「グレッグ。あんた、こうなる事、わかってたね?」

「ああ。私は、あの時をやり直すつもりだ」

 チッとカレブは、舌打ちする。

「ぼくを、巻き込むなよ!!」

「だども、さっさと進んだのは、カレブだべ」

 キャスタの言葉に、ハハハ、とリカルドは笑う。

「そのとおりだ!」

 ジャッという鈍い音と共に、リカルドの剣がボギーキャットの腹を切り裂いた。
 しかし、浅い。致命傷、とはいかないだろう。
 分厚い毛皮は、なかなかの防御力を秘めているようだ。

 威嚇のうなり声が響き渡る。

「これも依頼の一部だと思って諦めるんだな。まあ、お前は防御に徹してろ。魔物は俺達が倒す!」

 キャスタと共に戦況を見つめながら、カレブは唇をかみ締めた。

 敵は、ボギーキャット四体。
 視界が悪い上に、魔物の毛色は雪へと溶ける。
 不意打ちを防いだとはいえ、こちらが圧倒的に不利な事に変わりはない。

「冗談じゃないぞ」

 カレブは呟く。

 グレッグとリカルドが死ぬのは勝手だが、そうなると一人で手負いの魔物を相手にしなくてはならない。

 カレブは、雪の中に転がる髑髏と同じ運命を受け入れるつもりはなかった。

「不本意だけど・・・、すごく、すごく不本意だけど・・・」

 カレブの手が、腰間へと伸びる。
 しなやかな指が、手投げナイフの柄を握った。

「協力してやる。死にたく、ないからだ!」

 空を裂く小気味良い音と共に、手投げナイフが銀色のきらめきと化した。