第一幕 選 択 | |||||
にゃおぅ、と小さく一声鳴くと、ふわふわした毛並みの黒猫は息絶えた。 「……エラ?」 クリスティンと同じ黄金色の髪と琥珀の瞳の少年が、ひびわれた声で猫を呼んだ。 長い沈黙の後、少年は、ゆっくりとクリスティンが手にしている木剣に目をやった。 「スティン……、スティン!!」 「アシュレイ、僕は……」 こんなつもりじゃなかったんだ。 しかし、のどまで出かかったその言葉を、クリスティンは飲み込んだ。 アシュレイは、無言で爆発した。 常に温和な兄の激しい怒りに、クリスティンは呆然として起き上がると、口の端から流れ落ちた血をぬぐった。 クリスティンとアシュレイに剣の稽古をつけていた二人の騎士が、それぞれの教え子に近づく。 「弟君をなぐられるとは、いかがなものでしょう、アシュレイ様」 アシュレイは、キッと若い騎士を睨む。 「エラは、もっと痛かったんだ!」 「このような場所にのこのこやって来て、稽古中のクリスティン様に飛びつくなど……、アシュレイ様のしつけにも問題があったのではありませんか?」 「なっ……!」 騎士の言葉に、アシュレイは目を見開いた。 「言葉が過ぎるぞ、モーガン!!」 老騎士が、若い騎士を一喝する。 モーガンは慇懃にそう言うと、細い眉を神経質そうに持ち上げた。 「ですが、君主となるべきお方のなさる事とは思えませんな」 「やめろ。それ以上腐れた言葉を並べると、アシュレイ様の名誉のため、私が剣を抜く事になる」 「では、私はクリスティン様の流した血にかけて……」 二人の騎士は、同時に腰の剣に手をやった。 「剣を引け、エドワルド、モーガン!」 重々しく響いた声が、激突寸前の二剣を止めた。 騒ぎの報告を受け、駆けつけたミゲルが厳しい顔で騎士達を見据る。 「私闘が禁止されている事は、知っているな」 「ハッ」 短く応えるエドワルドに対し、モーガンは涼しげな顔で言葉を紡いだ。 「これは、私闘などではありません。我が小さき主のための戦いです」 「モーガン!」 怒りを押し殺した声で、エドワルドがモーガンの名を呼ぶ。 「この場は私が引き受けよう。そなた達は下がるがよい」 ミゲルは短く命じ、二人を退出させる。 「若く荒々しき風はガリオンを激しく吹きぬけ、優しき樹や古木達をなぎ倒すでしょう」 振り返ったミゲルとエドワルドの視線が、一瞬交わる。 「ち、父上、エラが……」 ミゲルはアシュレイに近づくと、静かに猫の頭をなでた。 「良い猫だった。お前にたくさんの思い出を残してくれた」 ミゲルは、猫の頭に手をのせたまま、静かに魔法の呪文を唱え始める。 「復活の魔法の衝撃は、この小さな体を壊してしまうだろう。これが、私に出来る精一杯だ」 アシュレイは、父の言葉にうなずくと、さよならと愛猫に呟いた。 「さあ、エラの眠る場所を作りに行こう」 ミゲルはアシュレイの肩をそっと叩くと、立ち尽くすクリスティンに目をやった。 「スティン、お前は母上の所に行って、傷を治してもらうと良い」 「は、はい、父上」 「そして、夕食の後、私の部屋まで来るのだ」 「は、はい」 ミゲルはきびすを返し、アシュレイと共に歩き出した。 |
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