料理がなくなる頃には、グレッグの顔は随分と穏やかな物になっていた。
 ぎゅっと結ばれていた口元には、微かではあったが笑みらしきものが浮かんでいる。

「カレブ」

 一生懸命とうもろこしの粥を口に運んでいたカレブは、急に話し掛けられてむせ返った。
 せきこみながら、恨めしそうにグレッグを見る。

「すまないが、明日、最深部に行く前に寄りたい所がある。構わないか」

「・・・別に、いいけど。どこ?」

「私が、忍者ではなくなった場所へ」

「わかった。いいよ」

 カレブは、あっさりと了解する。

「あのなあ、カレブ。もうちょっと悩むとか、考えるとかはナシか?」

「いいって言ってるんだから、文句ないだろ。それより・・・」

 カレブは、リカルドの口の端を指差した。

「なんだよ」

「食べカス。みっともない」

 リカルドは、顔を赤くすると口元をゴシゴシとこすった。

「すまないな」

 そう言うグレッグに、カレブは肩をすくめて見せる。

「それ、口癖?」

 グレッグは、怪訝そうに眉を寄せた。

「あんた、さっきから謝ってばかりだ。あんまりホイホイ謝られると、本当に謝ってるのかって思うね。あんまり自分を安売りしない方がいいよ。卑屈なのは、リカルドの食べカスよりもみっともない」

 グレッグの顔が強張る。

「手前は、もっと謝れ」

 リカルドが、カレブの肩をつかんだ。
 ギュッと力がこめられ、カレブは顔をしかめる。

「放せよ」

「放さないね。言ってる事は正しいかもしれんが、言い方が最低だ。それだと、伝わるものも伝わりゃしない」

 肩が痛い。

「・・・放せよ」

「手前が謝ったらな」

「嫌だ」

「じゃあ、放さない」

 リカルドは、カレブを無視してグレッグの方を向いた。

「気にするな、ってところだが。こいつの言う事も一理ある。もうちょっと自信を持って話すべきだな」

 ガタンと椅子を鳴らして、グレッグは立ち上がった。
 そしてそのまま二人に背を向ける。

「了解した」

 ニッとリカルドは、グレッグの背中に笑いかけた。

「明日、朝。迷宮の入り口で待っている。迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」

「迷惑、上等さ。それが、パーティだ」

 グレッグは、背を向けたまま片手を挙げると、酒場から出て行った。

「・・・もう、いいだろ。放せよ」

 カレブは、リカルドを睨みつける。
 いまだ、リカルドの手はカレブの肩をつかんだままだったからだ。

「お前、俺とは怒りながらでも喋るのに、グレッグとはあまり口をきかないな。・・・どうしてだ?」

 いつのまにか、呼び方が「手前」から「お前」に変わっている。
 だが、それはより一層カレブをむかつかせた。

「知るもんか」

 ギリギリギリ。

「い、痛い!」

「これでも、戦士だからなあ。一応力はあるんだ」

 話せよ、とばかりにリカルドはカレブを見る。
 チッとカレブは舌打ちした。

「嫌いなんだよ」

「グレッグが、か?」

 カレブは首を振る。

「ぼくは、忍者が嫌いなんだ!」

 そして、カレブは肩をつかまれたまま、リカルドの左頬に拳を放った。

「そして、お前も大嫌いだ!!」


 

 

「じゃあ、明日の朝迎えに来るから」

 カレブは不機嫌そうに、頬を腫らせたリカルドを見た。
 あの後、リカルドは無言でカレブを宿まで連れて行き、強引に自分の隣に部屋を取らせたのだ。曰く、お前は見張ってなきゃ、何をしでかすかわからない、と。

「・・・もう、やめろよ」

 低く、カレブは呟く。

「こんな奴と、信頼なんて築けないだろ? 時間の無駄になるよ」

「・・・そうかもな。でも、そんな奴と信頼が築けたら、それこそ本物のような気もする」

 リカルドの言葉に、カレブは呆れた。

「馬鹿じゃないのか、あんた」

「よく、言われるぜえ」

 カラカラとリカルドは笑う。

「とにかく、一階の最深部までは付き合わないとな。それが契約でもあるし。ま、ものはためしって奴だ」

 つまり、この馬鹿ばかしい状況は、もうしばらく続くという事だ。
 カレブは心の中で、大きく、大きくため息をついた。

 嫌いな瞳をした剣士。
 嫌いな忍者のグレッグ。
 そして、大嫌いなリカルド。

 どうして、こうも嫌いなものに囲まれて過ごさなければならないのだろう。
 聖都は、自分にとって、とことん不幸をもたらす場所らしかった。

「カレブ」

 名を呼ばれて、カレブは伏せていた顔をあげた。

 途端に、口の中に何かが押し込まれる。

「!?」

 それは、口のなかでクシャリと溶け、喉の奥へと落ちていった。

「甘い」

 思わず呟く。

 口の中に押し込まれたのは、マルメロ酒を中にしこんだ飴だった。

「あの酒、気に入ったみたいだったから」

 ほら、とリカルドは残りの飴をカレブに渡した。

「寒い風が吹くから、喉を痛めやすい。おまけに、お前、怒鳴ってばかりいたろ? コレでもなめて、喉を休めろ」

 カレブは、じっと渡された飴を見つめる。

「子ども扱いするなって、怒るなよ。んじゃ、おやすみ」

 リカルドは、さっさと隣の部屋に引き上げた。

 カレブの胸が熱くなる。

 ・・・・・・酒のせいだ。

「絶対、そうだ」

 カレブは、自分に言い聞かせた。