今日も、ひらひらと雪が舞っている。
 カレブは、ハアとかじかんだ手に息を吹きかけた。
 大事な商売道具である手が、しもやけにでもなったら大変だ。

 そんなカレブの前では、リカルドがあーんと大口を開けて天を仰いでいる。

「なにやってんの」

 限りなく冷たい声でカレブは言った。

 うん? とリカルドは振り向く。
 そして、薄紫の瞳を細めて笑った。

「ガキの頃、雪を食べてみたいと思っていたのを思い出してさ」

「それで、まさか、実践してたの?」

「ひどく美味いんだろうなって思ってたけど、無味だな」

 当たり前だろう。
 カレブの眉間に皺がよる。

「たくさん集めて、グラスに盛って、果汁か、糖蜜をかければ、美味いかもしれん」

「能天気」

 ぼそりと呟くと、カレブは歩調を速めた。

 迷宮の入り口では、グレッグとキャスタが二人を待っていた。
 キャスタは、どたどたと不恰好な様子で走りながら、雪を追っている。

「あんた、アレと同じだよ?」

 うぐう、とリカルドが嫌な顔をした。
 当然だ。オークと一緒にされて喜ぶ人間はまず、いない。
 少しだけ、カレブは小気味良くなった。

「カレブ」

 瓦礫に腰掛けていたグレッグが立ち上がり、カレブに包みを手渡した。
 首をかしげると、グレッグは開けてみろ、とばかりに顎をしゃくる。
 カレブが包みを開けると、一そろいの手投げナイフが顔を出した。

 後ろから覗き込んでいたリカルドが、へえ、と声をあげる。

「なかなかの品だな。さすがは忍者。目利きだ」

「同じ品でも、よくよく見れば使えるものと使えないものに分ける事が出来る」

「ヴィガー親父の店で買ったのか?」

「ああ。昨日はリカルドに散財させたからな。今日は私が、というわけだ」

 カレブは、手投げナイフをベルトに下げながら呟いた。

「くれるものは、ありがたくもらっとくけど、期待はしないでよ。というより、ぼくが戦わなきゃいけないような状況にはしないでくれ」

 無論、とグレッグは頷く。

「ただ、今日は「あの場所」に行く。・・・私がまた役立たずにならないとも限らないしな」

「まあ、仮にそうなったとしても、俺がなんとかするって。それは、お守りとでも思っとくんだな」

 そうなればいいけど。

 カレブは疑わしそうにリカルドを見ながら、最後尾をキャスタと一緒に歩いていった。


 

 

 魔物達と戦いながら、一行は迷宮を進んだ。リカルドとグレッグはお互いの攻撃のクセがわかり始めたのか、昨日よりも随分息のあった戦いをする。おかげで、カレブは手を出す必要もなく、見物を決め込む事が出来た。

 昨日は引き返した地点を超え、さらに奥を目指す。
 十字路に差し掛かったところで、グレッグが足を止めた。

「この先だ」

 グレッグは、すっと前方を指し示した。
 薄い闇の向こうに扉らしきものが見える。

 言われて、カレブはああ、寄り道するんだったな、と思い出した。

 リカルドが、チラリとグレッグの表情をうかがう。

「怖い、か?」

 スッとグレッグの漆黒の瞳が細くなった。

「・・・そうだな。怖くない、と言えば嘘になるだろう。一度焼きついた恐怖は、古い傷のように鈍く、痛む。ましてや、あそこは、この不可視の傷が刻み付けられた場所」

「今日は、やめとくか? 無理はよくないぜ」

 リカルドのその言葉に、カレブは眉を跳ね上げた。

「冗談! ずるずる引き延ばされてたまるもんか。行くって言ったのは、あんただろ? 自分の言葉に責任持てよ」

 カレブはさっさと歩き出した。
 扉の前まで行き、振り返る。

「来い! 逃げてたら、いつまでもそのままだ。負け犬でいいのか!」

 グレッグの顔が険しくなる。
 ギュッと唇をかみ締めると、グレッグは歩き始めた。
 それを見たリカルドは肩をすくめる。そして、小さく呟いた。

「まあ、いいか。あれで、乗り越えられるんなら」

 キャスタが、リカルドの足を突っつく。

「あんだ・・・、大変みたいだど」

「お、わかるか? ワガママ盗賊と、慎重すぎる忍者。なかなか世話がやける。でも、まあ、面白くもある」

 キャスタは深く頷いた。

「なるほど。ようするに、あんだ、物好きなんだべ」

 リカルドは唇をゆがめた。

「・・・せめて、イイ人と言ってくれ」

「リカルド!!」

 鋭い声が迷宮に響き渡る。
 顔をあげると、怒りのためか頬を紅潮させたカレブがこちらを睨んでいた。

「置いていくぞ!」

 ふ、とリカルドは笑う。

「あーあ、いい顔してらあ。あいつ、怒ったほうが綺麗だと思わないか?」

 尋ねられて、カパッとキャスタの口がまぬけにあいた。
 そのつぶらな目は、「やっぱり物好きだべ」と雄弁に物語っていた。