八ヶ月前に、突然空から降り注いだ閃光は、一瞬でこの国を壊滅させた。
 おそらく、歴史に残るであろう大惨事・・・

 王室の魔法実験の失敗だという噂や、神の怒りだという噂が広まったが、どれもこれも確証がない。はっきりしているのは、あの閃光によって、あまりにも呆気なく、そして唐突に、多くの人が死に、多くのものが滅んだという事だけ。

 べノアの宝石と称えられた聖都も例外ではなく、詩人達が競って美しさを称えた都は、今、うら寂しい廃墟の街として、カレブの前にそっとたたずんでいる。

 それでも、聖都に対する人々の思いは強いらしく、生き残った者達が、王国の各地から数多く集っていた。貧相だが、建て直された街の施設が、それらの人々を受け入れている。

 一般市民の他に、「冒険者」と呼ばれる者達の姿もあった。
 これは、「迷宮」に潜る連中だ。

 奪い去り、破壊するだけだった閃光が、たったひとつもたらしたもの、それが迷宮。

 王城の跡地に、これぞ新たなドゥーハン城だと言わんばかりに忽然と現れたその魔窟には、魔物どもが巣食い、恐ろしい魔法の罠があふれているという。

「話半分に聞いていた噂だったけど・・・、これだけ戦士や魔術師がいるって事は、どうやら本当なのかもしれないな」

 道行く冒険者達に視線を走らせ、カレブは呟いた。

「まあ、いずれにせよ、ぼくには関係のない事だけど」

 ・・・・・・だって、ぼくは生き延びるために、ここまで来たんだから。


 閃光以来、ドゥーハンは太陽に見放されている。
 灰色の雲が垂れ込めて、最近では季節外れの雪まで降りだす始末だ。

 このままでは、食糧不足になる事や、病が流行るだろうという事は、学の無いカレブにも良くわかった。せっかく、閃光を生き残ったというのに、未来は暗く冷たい。


 半年前まで、カレブが居た村では、この先、生きてはいけなかった。
 裕福な村ではなかったし、なによりカレブはよそ者であったから。

 だが、村人達は親切だった。
 閃光で大怪我をした、どこの馬の骨ともしれないハーフエルフ、カレブを助け、世話をしてくれた。ただ、村の経済状況が、それを長くは許さなかったというだけだ。

 怪我が全て癒え、そこそこの体力が回復すると、村人達は遠慮がちに、申し訳なさそうに、カレブに村を立ち去るようにと告げた。

「・・・恨んじゃいないよ。ぼくが反対の立場でもきっとそうする。こんな状況なんだ。よそ者に回す食料の余裕はないもの。それに、ぼくは飢餓の怖さをよく知っているから・・・」

 ひとりで生きていこう。

 親切だった村長の奥方の涙を見た時、カレブはそう思った。
 そして、その為の技術が自分にある事にも、気づいていた。

 しかし、カレブは苦笑する。
 その技術というのは、「スリ」の事であったから。

 村を出たカレブは、各地を転々とし、スリをしながら生計を立ててきた。
 小さな村や町では足がつきやすい。もっと人のいる所へ。もっと人のいる所へ・・・・・・
 そうやって、流れ着いたのが、この聖都だったのだ。

 カレブは、表情を改め、小さく咳払いすると、廃墟の街を行き交う人々の間を歩き始めた。

「これだけ人がいれば、充分だ。これでこそ、あの雪原を突破したかいがある」

 ひとり頷き、カレブは「仕事」にとりかかった・・・・・・


 

 

 ドゥーハンの人達は、意外に思えるほどに、金貨を持っていた。
 よくこの非常時に、これだけの金が流通しているものだ。
 かすかな疑問が脳裏をよぎるが、手にした金の重みがそれをふき飛ばした。

 先立つ物が出来たカレブは、身体の欲求にこたえ、休息と食事をとる事にする。
 手近な酒場へと向かい、扉を開いて、カレブは驚いた。
 途端に、グウと鳴る腹。豊かな香りが、鼻を遠慮なくくすぐっていく。

 なんて豊富な食糧なんだろう。

 半ば呆れて、カレブは酒場を見渡した。

 さすがに、新鮮な魚介類や果物の姿はないが、今ではとても口にする事が出来ないような食事の数々が運ばれていく。

 カレブを助けてくれた村の食事事情とは、雲泥の差と言えた。
 あの村では、パンひとつを六つにわけ、なるべく多くの者にあたるように分配していたというのに。

 野菜と干し肉を煮込んだシチュウの香りに、また、カレブの腹が鳴った。

 イヤだな、近くの人に聞かれたかしら。

 カレブは顔を赤くして、キョロキョロと辺りを見回した。

 情けない悲鳴をあげるすきっ腹をなんとかすべく、カレブは空いた席を見つけ、腰掛ける。
 メニューを開いたとたん、給仕娘が飛んで来た。

「月夜亭へようこそ。ご注文は?」

「・・・・・・」

 カレブは、口をぱくぱくさせていた。

 腹がすきすぎておかしくなった訳でも、可愛らしい給仕娘を見て感動したわけでもない。
 メニューに書かれた料理の金額に、絶句していたのだ。

 ほとんど全ての料理の金額が修正されていた。
 およそ、通常時の十倍はあろうかという値段だ。

「ね、ねえ。この値段、間違いじゃないよね?」

 ひきつった笑みを浮かべながら、娘に尋ねる。

 娘はこういった質問に慣れているのか、少し困ったような笑みを浮かべると頷いた。

「あの閃光で何かと品不足ですので。ここの食料も、王室からのほどこしでなりたっておりますの。ご理解くださいませ」

 カレブは、ぽりぽりと頭を掻いた。

 ああ、それで。
 食料に困ってない理由がわかったよ。
 わかったけど・・・、痛いなあ。

 正直な所、席を立って出て行きたかったが、若い健康な身体は、それを許してくれそうになかった。

 ポケットにそっと手を忍ばせて、つっこんだままの金貨の数をかぞえる。

 カレブが複雑な顔するのを見て、給仕娘はそっと囁いた。

「あの、一番安いシチュウをお持ちしましょうか? すこし味は落ちますけど、量はありますよ。後、レモネードがオススメなんです。身体が温まりますよ」

 きょとんとして給仕娘を見る。

 にこにこと彼女は微笑んでいた。

「・・・じゃあ、それをお願いできる?」

 考えるのがめんどくさくなったカレブは、給仕娘の提案を受け入れる事にした。

「はい。お待ちくださいませ」

 去っていく給仕娘を見送って、ため息をつく。

「やれやれ、やっとふところが暖かくなったと思ったのに。一度の食事で、宿代がパアだ・・・・・・」

 だが、雪の降る中、野宿するのはもうごめんだった。
 そろそろやわらかいベッドで眠っても、バチは当たらないはずだ。

「こりゃあ、大急ぎでたいらげて、もうひとふんばりするしかないかな」

 カレブは苦笑する。
 なんとかなるさ、と思いながら。

 この後、とんでもない事態が起こるなどとは、露ほども知らずに。