カレブは、青金に輝く石を宙にかざした。たいまつの炎を受け、小さな光の粒を放つそれの真芯では、細い雷がバチバチと踊っている。

 助けた男が、礼だと言って置いていった魔法石だった。
 サラの癒しの魔法でなんとか動けるようになった男は、転移の薬で街へと帰っていった。
 自分は冒険者には向かない、だからその石も必要ないと言い残して。

「ティールの石ね」

 綺麗だわ、とサラは歓声を上げた。

「高く売れるかな」

 角度を変え、石の輝きを確かめていたカレブが呟いた。
 サラが、眉を吊り上げる。

「ダメダメ、売っちゃ! せっかくお礼にもらったんだし、第一、もったいないよ」

 魔法石は、魔法を使いこなせる能力を持つ者が割れば、その者に魔法の神秘をもたらす。
 魔術師や僧侶であれば、喉から手が出るほど求めてやまぬ石なのだ。

「カレブ、割ってみればどうだ?」

 グレッグの言葉に、カレブは肩をすくめる。

「ぼくは魔術師じゃない。ましてや、敬虔な僧侶や司教でも」

 グレッグは首を振った。

「魔法を扱えるのは、なにも魔術師や僧侶、司教だけではない。騎士や侍・・・、我ら忍者。そして、盗賊も魔術の神秘を手にする事が出来る」

 本来、盗賊は遺跡や宝箱に仕掛けられた罠を解除する能力に長けた者達で、魔術を扱えるような職ではない。しかし、幸運の神に愛されるゆえか、魔術めいた罠と触れ合うせいか、魔術修行をしていなくとも魔法を使いこなせるようになるのだ。

「ふーん」

 カレブは、グレッグの話を、興味がないとばかりに聞き流す。
 代わりに、リカルドが答えた。

「でも、それは冒険者の「盗賊」の場合だろう? こいつは「コソ泥」じゃないか」

「ふーん」

 おなじ「ふーん」だが、声のトーンが違った。
 青い瞳がキラキラと輝く。

「割ってやる」

 カレブは意地の悪い笑みを浮かべた。

 リカルドは、自分の思惑にカレブがのってくれて大喜びだったが、そんな事はおくびにも出さず言った。

「やめろよ、覚えられなかったらもったいないだろう?」

「そうなったら・・・」

 カレブは、魔法石を握りつぶした。

「お前のせいだ!」

 青金の輝きが爆発した。
 カッと稲妻がカレブの身体を駆け抜ける。

 リカルド達はあまりの輝きに目をおおった。

 魔法の言葉が、脳裏を駆け巡る。
 己を解放しろと、カレブに訴える。

「静まれ!」

 カレブは叫んだ。

「時がくれば、使ってやる!」

 最後に、バチッと雷光が爆ぜ、輝きは収まった。
 カレブは大きく息を吐き出すと、乱れた髪を適当に整えた。

「・・・覚え、られた?」

 恐るおそるサラが尋ねる。

「ティール、か。コソ泥が使えるようになるなんて、たいした魔法じゃないな」

 リカルドは、微かに唇をゆがめ、笑った。
 気づいたグレッグが、苦笑する。

「リカルド」

「あいつに、正攻法はムリ」

 違いない、とグレッグが頷こうとしたその瞬間。

 ドン! という派手な爆発音と共に迷宮が揺れた。

「きゃあ! なにっ? なにっ?」

 サラは悲鳴をあげながら、リカルドにしがみつく。

「誰かがぼくみたいに、魔法石を使ったのか?」

「違う、これは魔法そのものだ。この衝撃、この波動。まさか、メガデス?」

 グレッグが音のした方角を睨み付けた。

「メ、メ、メ、メガデス? 魔術師の最大の攻撃魔法?」

 目を丸くして、サラが言った。

「そうだ。だが、いったい、何事だ? こんな所でそんな魔法を使うとは」

 ガタガタとキャスタが震えている。

「・・・だ」

 口から小さな呟きが零れた。

「ばあこだぁっ〜!!」

 キャスタは、哀れなほどに怯えていた。

「ばあこ? ばあこって・・・、まさか、ヴァーゴじゃないだろうな」

 すうっとリカルドの顔が青ざめた。

「あの女か。やりかねん」

 珍しく、グレッグが吐き捨てるような物言いをする。

 カレブとサラは顔を見合わせた。

「誰だ、それは」

 リカルドが、顔をゆがめながら説明をした。

「魔神も裸足で逃げ出す、ヴァーゴ様さ。またの名を、爆炎のヴァーゴ。全ての魔術師魔法をマスターした魔術師だ。実力は折り紙つきだが、性格に難あり。気に入らないものは全てぶっ飛ばす。世界は自分の為にあると思っているような女だ」

「へえ」

「共感するなよ、カレブ」

「・・・しないよ」

「なんだよ、その間は」

 ドン! と再び迷宮が揺れた。天上から、パラパラと砂塵が落ちる。

「ちっ。派手にやってるな。誰と戦ってるんだ。いくらあの女でも、ここいらの魔物あたりにメガデス使ったりはしないだろ」

「け、剣士様だ。剣士様と戦っているだよ! オ、オダ、剣士様を助けに行くだ! 剣士様、いっぱい怪我をしてるだ。いつ倒れても、おかしくないのに・・・!」

 カレブは弾かれたようにキャスタを見た。

「なんだって?」

「だ、だから、剣士様、もうボロボロなんだど。絶対、無茶しちゃダメなんだ。ばあこなんかと戦っちゃダメなんだど!」

 キャスタはそう言うと、ドテドテと部屋から走り出て行った。

「・・・・・・死なせるものか」

 カレブは唇をかみ締めた。
 せっかく見つけた手がかりかもしれないのに。

「みすみす失いはしない!」

 カレブは、キャスタの後を追った。
 リカルドは予想外のカレブの行動に、一瞬あっけにとられた。しかし、すぐに我に返る。

「待てよ、一人じゃムリだ!! お前は命が大事なんだろうが!」

 リカルドは慌てて閉められたドアに飛びついた。

 グレッグはサラを振り返る。

「・・・怖ければ、ここで待っているといい。ヴァーゴは、手ごわい相手だ」

「わ、わたし」

 両手を握り締め、視線を落とすサラに、グレッグは優しい笑みを浮かべると、背を向け部屋を出て行った。

 残されたサラは、どうしたものかと一人、部屋を見回す。

「・・・神様、意気地のないサラに勇気をください」

 小さく祈りの言葉を呟くと、サラは駆け出した。

「待ってよ、グレッグ! わたしも、わたしも行くんだからー!!」


 

 

 剣士は、冴え渡る瞳で己を取り囲む者共を見回した。
 牙をむき、うなり声を上げるコボルド達。そして、それを指揮する奇相の女。

 顔だけにとどまらず、身体中にまじないの化粧を施したその女は、きゅっと紅い唇をもちあげ笑った。

「さすが、最下層まで行きなさる剣士様だ。爆炎の魔法ひとつくらいじゃ、顔色も変えてくれないのかい?」

「失せるが良い。無駄な血を流したくなければ」

 女は、口元に手を当てるとホホホと笑った。

「血が流れるかどうかは、剣士様しだいさ。ひとつだけ、答えてくれればいいんだよ。最下層への、行き方をね・・・?」

 桃色の舌が下品に唇を舐めた。
 剣士は表情一つ変える事無く、言い放つ。

「失せろと言った」

「そう、つれなくしないでおくれよ」

 粘りつくような視線を剣士に絡み付けながら、女は少しずつ距離をつめる。
 コボルド達も、包囲の輪をじりじりと小さくしていった。

「わたしはね、あんたの事が好きなんだ。強い男は大好きだからね。ただ、気前のいい男はもっと好きなのさ。だから、教えておくれ。魔神の宝が隠された最下層への行き方を」

 剣士の凍てついた冬の泉が笑みを浮かべる。

「魔人の宝、か。お前程の魔術師が流言に惑わされるとはな」

 ダンッと女は床を蹴りつけた。

「流言だろうとなんだろうと、かまやしないんだよ。わたしは、この目で確かめなきゃ納得しないんだ。さあ、お言い!」

「世の中には」

 剣士は静かに言葉を紡いだ。

「知らぬ方が幸せ、という事もある。そのまま、生ぬるい夢に漂っていればいい」

 ぎりぎりと女は歯軋りした。
 ぴくぴくと眉間のあたりが引きつっている。

 女はやおら手にした杖を振り上げると、口早に魔法を詠唱した。

 ハッとしたコボルド達は、尻尾を股の間に挟むと、剣士の周りから離れる。
 繰り出される魔法が何かを悟ったからだ。

 女のかざした杖の先で、くるくると炎が踊り始める。赤から紅、朱へと色を変えながら炎は巨大な渦へと成長していった。チロチロと炎の舌が妖しく伸びる。

 杖が振り下ろされると、炎の渦は、天上に直撃し、爆発した。
 二回目のメガデスの魔法だった。

 コボルド達は、爆風にふきとばされ、面白いようにコロコロと転がる。
 しかし、剣士はその場に直立したまま、ピクリとも動かなかった。

 パラパラと降り注ぐ砂塵の向こうに、その姿を認めた女はニヤリと笑った。
 もとより、殺すつもりはなかったのだ。

「いいかい、剣士様。次は当てるよ」

 一歩近づこうとしたその瞬間。

「け、剣士様から離れるだ〜!」

 やっと駆けつけてきたキャスタが、女に体当たりを食らわせた。
 女はバランスを崩しかけたが、なんとか踏みとどまる。

「この、クソブタっ!!」

 女は勢いよく杖をキャスタに振り下ろした。
 しかし、殴られながらも、キャスタは女の足にしがみつく。

「ええい、お放しっ! ああっ、もう汚いねっ! 何もあんたの主人をとって食おうって言うんじゃないんだ。道を聞いてるだけなんだよっ!!」

「信用ならないだっ! 道聞くのに、魔法をぶっぱなすヤツなんて、いないだどっ!!」

 ふふん、と女は笑う。

「アレは挨拶さ」

 女は魔法の印を結び始めた。
 必死にしがみついているキャスタは、気づかない。

 剣士が目を細め、剣を構えようとしたその時。

 シュン、と銀光が走った。
 それは女の頬を裂き、迷宮の暗がりへと消えていく。

 女は一瞬呆然としたが、印を解いて叫んだ。

「誰だい、味なマネをするのはっ! 隠れていないで出ておいで」

 通路にわだかまった闇から、カレブが姿を現した。
 手には、二本目の手投げナイフが握られている。

「別に隠れてたわけじゃない」

 無表情にカレブは吐き捨てた。
 剣士と同じ冬の泉の瞳に、ハッと女は息を飲む。

「・・・見ない顔だね。何者だい、アンタ」

 カレブは、ゆっくりと挑戦的な笑みを浮かべた。

「コソ泥さ」