CM

アーク「聖剣よ、百に輝け! バーストブレイド!」

シルマリオン「轟け、ライトニングボルト!」

フィランダー「門をくぐりて、敵を討て! トリプルブレイズ!」

アミ「月光よ、我等を護る盾となれ!」

天空神殿より飛来する四体のゴッドメイルが、冥国オブディシアンの野望を打ち砕く。

各必殺技ポーズもクリスタルパーツとリアルボーンシステムで完全再現。
今、君の手で蘇るゴッドメイルとデスローブの名場面。

1/100スケール プラモデル「百光のアーチボルド」シリーズ。

アツシ「俺の知る全てを、君に伝える。後を頼んだよ」


PANダイのプラモデル


――闇が支配する異空間。


 暗紫と暗青と暗赤がモザイクをなし、闇を作り上げていた。

 上下左右の判別すらつなかい空間に飲み込まれたアークは、意識を失っている愛美を揺さぶり起こす。

「ねーちゃん! ねーちゃん! 目ぇ開けてくれよ!」

「……ん、ぅうん」

 アークの声が届いたのか、まぶたを痙攣させて、ゆっくりと愛美が目を開いた。

「大丈夫かい、ねーちゃん」

 身体を起こした愛美は掴まれた跡の残る喉に手をやると、ゴホゴホと咳き込む。
 愛美の背をさすってやりながら、アークは油断なく辺りを見回した。

「こ、ここは」

「わかんねー。アイツの闇に飲まれて、気がついたらココにいた」

 愛美は唇をかみ締めて、首飾りから杖を外すと立ち上がる。
 そして、アークをかばうように身構えた。

「下がってなさい」

「何言ってんだよ」

「アレは、あの声は、呪鬼のバルタザル。あなたの敵う相手じゃないわ」

 あくまで自分を認めようとしない愛美に、アークは叫んだ。

「戦えるのかよ!」

「支援の能力を駆使して、倒せなくとも退けてみせるッ!」

「そうじゃないっ!」

 アークは愛美の肩を掴む。

「ねーちゃん、アツシの姿をしたアレと戦えるのかよ!」

「……っ!」

 ギリ、と愛美は奥歯をかみ締めた。

「そんな泣きそうな顔して、戦えるのかって聞いてるんだ!」

「戦えるわッ! わたしだって騎士よ! ましてや兄さんの姿を騙る者を許せるはずないでしょう!」

「ウソだね」

 へッと笑って、アークは愛美の頬を伝い落ちる涙をぬぐった。

「ねーちゃんは戦えない。……優しい聖杖の騎士だからな」

「ぶ、侮辱するつもりなの!?」

 カッと頬を赤くして愛美が叫ぶ。

「ちげーよ。ここはオイラがひきうけるって――」

 アークは聖剣を構えると、そのまま右方向に勢いよく突きを放った。

「言ってるんだよぉッ!」

「!?」

 鋼のぶつかる音が響き、アークの聖剣が受け流される。なにもなかったはずの空間から、するりと篤が、いや、篤の姿を借りたバルタザルが現れた。

「ほう、一人前に気配を読んだか? 少年」

「読んだが悪いか、馬鹿悪鬼!」

「は、は、は! 随分頭の悪い呼び方だ!」

「うるせー!」

「それにしても――」

 バルタザルは冷笑を浮かべた。

「人とは弱いものだな、騎士アミ」

「……なに……」

「たかがこの姿一つで使命を忘れ、あからさまにうろたえる。少年が現れなければ、今頃あなたは息絶えていただろう」

「黙れッ!」

 杖を振り上げ、愛美はバルタザルに飛び掛った。それをやすやすと受け止めるバルタザル。聖杖と剣を交えながら、二人はにらみ合った。

 と、バルタザルが篤の顔に悲しげな表情を浮かべる。

「愛美、俺を、倒すのか……?」

「――!」

 一瞬、愛美の腕から力が抜けた。
 バルタザルが愛美の聖杖を一息に跳ね上げる。

「きゃ……!」

 回転しながら聖杖は宙を舞った。

「人は弱く、かくも愚かしい」

 バルタザルはそのまま愛美の身体を剣で刺し貫こうとしたが、そうはさせじと、アークが間に割って入った。

 アークは渾身の力をこめて、バルタザルの剣を跳ね除ける。

「違うね……っ!」

「何が違うのかね、少年よ」

 ふわりと飛んで間合いを取りながら、バルタザルは聞いた。

「これは弱さじゃない。愚かさじゃない。ねーちゃんの優しさだ!」

「優しさだと?」

 バルタザルは額に手を当てると、声を立てて笑った。

「優しさでは戦えぬ」

「いーんだよ。ねーちゃんは、それでいいんだ。でも、ねーちゃんの優しさが、みんなを強くする」

 アークは聖剣の切っ先をバルタザルに突きつけた。

「それがねーちゃんの力で、強さだ。それがわかんないお前の方がバカなんだよッ」

 アークはバルタザルに向かって鋭い斬撃を放つ。

「代わりに少年が戦うということか」

 バルタザルは闇に溶け込んで、アークの斬撃から逃れた。

「ならば私に納得させてみるがいい、少年よ。君の言う、優しさと強さとやらをな……」

「……くそっ、見えなきゃ斬れないだろっ」

 アークは悪態をつきながら聖剣を構えなおすと、左右に視線を走らせた。

「ねーちゃん、いや、聖杖の騎士アミ」

 ハッと愛美が顔を上げる。

「聖剣の騎士として、オイラがここを引き受ける。オイラが聖杖の騎士の優しさを守ってみせるよ」

 アークの言葉に、愛美は胸を突かれるおもいだった。

 ちっとも優しくなんかなかったのに。
 自分の事に手一杯で、アークを省みることなどなかったのに。
 なのに、この子は、わたしを傷つけまいと剣を取っている。

 再び愛美の頬を伝う涙。
 だが、それは最早悲しみの涙ではなかった。
 悲しみと寂しさを洗い流す、癒しの涙であった。

「――アーク」

 愛美に名前を呼ばれて、ぱっとアークは嬉しそうに笑う。

「オイラまだ弱いから、どこまで防げるかわかんねーけど。でも、やってみせるから!」

「悠長に喋っていていいのか」

「うわっ」

 突如アークの右手の空間がゆらぎ、剣が突き出された。

 アークは咄嗟に真横に跳んでそれをかわす。

「あぶねー、あぶねー。敵は卑怯で待ってくれないって、ほんとにフィランダーの言うとおりだぁ」

 だ、だから言っただろ! とでも言いたげなフィランダーの顔を思い出し、アークは苦笑した。

「ふ、聖魔の騎士は君より賢いようだな」

「うるせー!」

 剣の生まれた空間に聖剣を突き入れるが、聖剣の切っ先が届く前に、揺らぎは消えうせた。

「くそっ、斬れない物をどうやって倒せばいいんだよっ」

「焦ってはダメ!」

 自分を取り戻した愛美が、闇雲に聖剣を振ろうとするアークを止める。

「敵の攻撃の瞬間が、こちらの攻撃の機でもあるわ」

 愛美は、転がった聖杖を拾い上げると、すっと胸の前にかざした。

「……わたしの言いたいこと、わかるわね?」

 バルタザルに読み取られることを恐れ、愛美は全てを口にしなかった。

 眼差しだけで、半身たる『A』に思いを伝える。

 アークはニッと笑って愛美に応えた。

「どんな策を思いついたかは知らぬが」

 足元から突き出される剣。

「少年の腕では私は倒せぬよ」

「やってみなくちゃわかるもんか!」

 チリッとした殺気を感じる場所に、アークは聖剣を刺し入れた。

 まったく防御をしなかったため、右足を深く斬られるが、かまわず聖剣を持つ手に力をこめる。

「でえいッ!」

 かすかな手ごたえ。

 引き抜いた聖剣には、わずかにバルタザルの紫の血が滲んでいた。

「捨て身の戦法とは、恐れ入る」

「捨て身じゃないわ」

「む」

 愛美の聖杖の先端が聖光を発していた。
 やわらかな輝きが、アークの傷を一瞬で治す。

「攻撃に集中するのよ、アーク!」

「わかってる!」

 アークはバルタザルの攻撃に全神経を集中させた。防御は忘れ、全ての力を反撃にのみそそぐ。

 幾たびもまじわる剣。
 飛び散る血潮。

 一振りごと、一傷ごとにアークの反応はどんどん高上していった。

 負った傷は愛美が瞬時に癒していく。

 その息の合った攻防に、さしものバルタザルも真剣になった。

 ずるりと空間から現れると、篤の姿をぬぎすてて両手に呪力を宿す。

「呪われてあれ、聖杖の騎士の鼓動よ!」

「!!」

 バルタザルが狙ったのは愛美だった。
 滅びの韻律をまとった呪の光線がまっすぐ愛美に向かって放たれる。

 アークの癒しに集中していた愛美は、一瞬反応が遅れた。

「させるかァッ!」

 アークは愛美の手をとると、グイと後ろに引っ張った。倒れこむ愛美の前に立ち、聖剣で呪を受け止める。

「なんと!」

 聖光が輝き、呪の韻律を徐々に押し返した。

「ヤァァッ!」

 真っ二つに引き裂かれ、砕け散る呪。

 くつくつとバルタザルが肩を揺らした。

「少年よ。――どうやら君は真に聖剣の騎士らしい」

「今更何言ってやがる」

 呪を跳ね返した衝撃で、手に痺れが走っていた。弱みを見せるな、というシルマリオンの声が脳裏に木霊する。

「アツシを倒し、いまいましき『A』を封じたかと思ったが、事はそう上手く運ばぬようだな」

「はっ、残念でしたね!」

 アークはバルタザルに向かって、舌を突き出し余裕を装った。

「ならば、今ここで、再び『A』の魂に眠りについてもらおう――」

 ギラリ、と仮面の向こうの瞳がきらめき、アークは一瞬気おされた。

「確実に、な」

 背筋になんともいえない悪寒が走る。

「空間よ……」

 バルタザルの手に、先ほどとは異なる呪力が宿った。

「汝、再び開かれること敵わず!」

 呪を放つと同時に、バルタザルの姿が掻き消える。

 アークは攻撃に備えたが、バルタザルの気配は完全に空間から消えていた。

「なんだ、こけおどしかよ」

「アーク!」

 青ざめた顔で愛美が叫ぶ。

 空間が軋んでいた。
 圧倒的な質量で、二人を押しつぶさんと収縮を始めたのだ。

「でええええ!?」

「クッ」

 愛美は聖杖を掲げもつと念をこめた。

「退け、邪な呪よ!」

 聖光がほとばしり、愛美とアークを守る結界となる。

「く、う、う……」

 ガクガクと愛美の細い腕が震えた。

 呪鬼の名を戴くだけのことはあり、バルタザルの呪力は強大だった。
 聖杖の騎士愛美といえど、その呪を跳ね除ける結界を維持するのはたやすくない。

 見る間に愛美の額に玉の汗がうかび、結界の光が激しく明滅した。

「ね、ねーちゃん!」

 ふ、と愛美はアークに微笑んだ。

「ありがとう、アーク。あなたは、わたしの心を守ってくれたわ。だから、今度は――」

 がく、と愛美は片膝をつく。
 だが、それでも念をこめることはやめない。キッと鋭い眼差しで、愛美は全てを押しつぶそうとする闇を睨みつけた。

「今度は、わたしがあなたを守る!」

 聖杖の輝きがひときわ増した。
 ぐわっと結界が一回り大きくなる。

 息詰まる戦いが繰り広げられた。
 闇が押せば光が押し返す。
 光が増せば、闇が牙を向く。

 どれほどの呪力をその細腕で支えているのだろうか。

 爪が掌に食い込み、血が滴り落ちた。

「……ねーちゃん!」

「負け、ないわ……。絶対に、負けない……」

 しかし、徐々に、徐々に愛美は押されていった。結界にほころびが生じ、そこから闇が進入しようとする。

「く、くそっ、オイラは、オイラは何もできないのかよぉッ!」

 万事休すと思われたその時。

『アミ! アーク!』

 ここに居るはずのない者の声が響いた。

「シルマリオン!?」

『この一射を生かせ!』

 迫り来る闇に一点の光が生まれる。シルマリオンの聖光が打ち込まれたのだ。
 外界からの干渉により、空間に大きく亀裂が走った。

 いける!

「はあああああッ!」

 すかさずアークが、全身全霊をかけて聖剣を振りぬいた。

 弧を描く聖光が亀裂に叩き込まれる。
 ガラスが砕け散るような音が鳴り響き、頭上から闇のモザイクが降り注いだ。

「アァークッ! アミィー!」

 崩れる闇の向こうに、聖弓を構えるシルマリオンと、手を差し伸べるフィランダーの姿が見えた。

「て、手を出すんだ、早くっ」

 アークは愛美を抱きかかえると、闇の破片をかわしながら、フィランダーに向かって手をのばす。

 フィランダーの右手が聖光を放ち、何かが手首をつかむ感触がした。

 とたん、強い力でアークと愛美の身体が持ち上げられる。

 閉じられていた闇の空間から、ディアマントの外れの丘に、一挙に二人は引きずり出された。

 頭上には、満点の星をかかえた瑠璃の夜空が広がっている。月の傾き具合からして、バルタザルの闇に飲まれてからそれほど時間はたっていないようだ。

「よ、よかっ……、う、うまくいった……」

 アークと愛美はぎゅっとフィランダーに抱きしめられた。

 アークの肩にぽたぽたとフィランダーの涙が落ちる。

「まに、間に合わないかとおもっ……」

「な、なんだよ、なんだよ、泣くなよ」

「馬鹿っ! し、心配したんだっ!」

「無事か……、二人とも……」

「え、ええ、大丈夫よ、シルマリオン」

 答えた愛美が、青ざめていた顔をさらに青くした。

「シルマリオン、その傷は!」

 弓を収めたシルマリオンは、苦しそうに脇腹を押さえていた。シルマリオンだけではない。アークと愛美を抱きしめるフィランダーも、肩と腕にひどい怪我をしている。

「ちょっと、ギュンターを倒して、きた」

 シルマリオンは、愛美を心配させまいと、微笑を浮かべた。

「倒したって、そんな。あぁ、シルマリオン、フィランダー、ごめんなさい……!」

 自身の勝手な行動が、シルマリオンとフィランダーに無茶な戦いをさせたのだ。愛美は後悔に唇を震わせた。

 そんな彼らをあざ笑う声が、頭上からクツクツとふりそそぐ。

「あきれるしぶとさだな、騎士達よ」

「――バルタザル!」

 いつの間に現れたのか、四人の頭上に腕組みをしたバルタザルが浮いていた。

「ギュンターに任せた聖弓と聖魔の騎士はともかく、騎士アミと少年まで生き残るとは」

「残念だったな。いろいろ策を弄してくれたようだが。オレ達は生き残った……!」

 シルマリオンのきつい眼差しが、バルタザルの仮面の奥の瞳を射抜く。

「しかし、満身創痍。今なら、その首をとることたやすかろう」

 バルタザルは腕をゆっくりとほどくと、左右に広げた。

「ふ、ギュンターを褒めてやらねばならぬな。手ごわい聖弓と聖魔の騎士を、ここまで追い込んでおくは見事。捨石は、捨石として役だったと……!」

 両の掌から闇が吹き上がり、爪先からバルタザルを包み始める。

「闇を渡り現れよ、冥王陛下よりたまわりしデスローブよ!」

「やるぞ、フィランダー!」

「わかってる!」

 すかさず、シルマリオンとフィランダーが首飾りを天にかざした。

「招来! 聖弓の騎士スタンレー! 我が『S』の魂に呼応せよ!」

「招来! 聖魔の騎士パーシヴァル! 我が『P』の魂に呼応せよ!」

 この日二度目となるスタンレーとパーシヴァルの招来だった。

 魂の呼びかけに、天空神殿のゴッドメイルが頼もしく応える。

 愛美も首飾りを掲げ持った。

「アーク、あなたも呼ぶのよ!」

 アークは、呼びかけになんの反応もしめさなかった初めての戦いを思い出して、思わず首飾りを握り締めた。
 アークの不安を見て取り、愛美は微笑む。

「大丈夫、今のあなたなら、呼べる」

「ねーちゃん」

「聖杖の騎士が保障するわ。――半身たる『A』!」

 愛美は笑顔を消すと、天に向かって叫んだ。

「招来! 聖杖の騎士アポロニア! 我が『A』の魂に呼応せよ!」

 バルタザルを包む闇がどんどん巨大になっていく。最早ためらっている暇はない。

「――アツシ」

 アークは首飾りを両手で包み込むと、高らかに天にかざした。

「アンタの想いを引き継がせてくれ! 招来! 聖剣の騎士アーチボルド! 我が『A』の魂に呼応せよ!」

 チリ、と首飾りが震えた。

 鼓動が高鳴る。
 どうしようもなく心惹かれる何かが、空から降ってくるのが分る。

 瑠璃の空を走る四筋の光。

 ――聖弓の騎士スタンレー。
 ――聖魔の騎士パーシヴァル。
 ――聖杖の騎士アポロニア。

 そして。

 ――聖剣の騎士アーチボルド!

 白銀の巨大甲冑ゴッドメイルが、今そろって地上に降り立った。

 光がアークを包み込み、分解する。
 身体がアーチボルトの内に再構成される。

「こ、ここは」

 目を開くと、そこはまばゆいばかりの光の園。

『ようこそ、アーク』

「アツシ」

 アークの前に、ふっと篤が姿を現した。
 その澄んだ眼差しから、彼がバルタザルの変化ではなく、聖剣の騎士若槻篤本人であると知れる。

『ここは、アーチボルドの中。君は今、アーチボルドと一体化しているんだ。ご覧』

 篤が脇に退くと前方の光が瞬いて透明になった。

 外の様子が手に取るように分る。

「あれが、バルタザルのデスローブ!」

 黒い巨人が、騎士達の前に立ちふさがっていた。顔には目鼻がなく、身体中、いたるところで闇が渦を巻いている。ぬるりとした、影のような姿だった。

 あまりの異様さにアークは息を飲む。

『恐れるな。立ち向かえ。聖剣を抜くんだ。君が念じるままに、アーチボルドは応える。『A』の魂をたぎらせろ』

「オイラの、念じるままに……」

『俺の知る全てを、君に伝える。後を頼んだよ、アーク。――そして、愛美を救ってくれて、ありがとう』

「アツシ……!」

 差し伸べた手に、篤が手を重ねる。

「あ、あ、あ……!」

 溶けていく、篤。いや、これは、溶けるのではなく――。

 アークは篤がふれた手をじっと見つめた。

「感じる。アツシの声がする。どうすればいいのか、わかるよ……」

 アークはキッとバルタザルを睨みつけた。

「今度こそ、倒してやる! 剣を抜け、アーチボルド!」

 アーチボルドの右手が、腰に下げられた剣の柄にかけられた。

 一挙に引き抜かれる聖剣。
 水晶を打つかのような音が響き、青々とした刃が鞘から現れる。

 夜の闇を引き裂いて、聖剣はまばゆい輝きを放った。

『おお』

 その百の光を集めたかのような輝きに、一歩バルタザルは後退した。

『アーク!』

『アーチボルド!』

 肩を並べ共に戦ったアーチボルドが。
 背をあずけられる聖剣の騎士が。
 永遠に失われたはずの『A』の魂が。

 今、ここに息づいている。

 シルマリオンとフィランダーの胸に熱い物がこみあげた。

 愛美はアーチボルドの姿を確認した時から、アポロニアの内で無言の涙を流していた。

 魂が呼び合うのが分る。

 アポロニアが歓喜に震えている。

 疲れも、痛みも、溶けて消えていく。

 もう、恐れるものはなにもない!

『首とるって言ってたっけ』

 闇に光の軌跡を描いて、アーチボルドはバルタザルに聖剣を突きつけた。

『とれるものなら……、とってみろよ!』

 滑るように聖剣が走り、バルタザルの胸を狙う。

 バルタザルは聖剣が突き刺さる直前で身体をひねり、その突きをかわした。

『フ……、ククク、ハハハハハ! とらせてもらおう、言葉通りにな!』

 ヴンッ、とバルタザルの指先が揺れた。

『見るがいい、騎士達よ。デスローブ、ドッペルゲンガーの力を!』

 黒一色だった指が、黒銀の装甲に覆われていく。

『ああっ!?』

『あ、あの姿は!』

 闇を従えるかのような音が響き、黒々とした刃が鞘から現れた。

 黒曜の剣を突きつけたのは、黒銀のアーチボルド――!

 まるで鏡に映したかのように、白銀と黒銀の騎士が向かい合う。

『偽アツシの次は、偽アーチボルドかよ!』

『いかにも、新米騎士殿。では、参る……!』

 ドッペルゲンガーは大きな動きと言葉でアーチボルドを引きつけると、地を蹴って突如攻撃目標を変えた。

『ぬんっ!』

『――!』

 黒剣がスタンレーに襲い掛かる。
 傷の痛みからか、スタンレーの反応がわずかに遅れた。

『ぐあっ』

『シ、シルマリオン!』

 ギュンターの爪に裂かれた傷を突かれ、スタンレーは吹き飛んだ。

 助けに入ろうとしたパーシヴァルさえ、その刃にかけて斬り伏せる。

『ぐぅっ』

 ドッペルゲンガーの動きは、まさに篤の操るアーチボルドのそれだった。鋭く流れるようで、隙がない。

 ギュンターとの戦いで消耗したシルマリオンとフィランダーは、その動きに咄嗟に対応出来なかった。

 とどめとばかりに振り上げられた黒剣を、アーチボルドの聖剣が受け止める。

『きったねー手使いやがって』

『なに、単純な戦術だ。騎士シルマリオンに習わなかったかね?』

『悪かったね、習いそこねたんだよ!』

 爪先を大地にめりこませ、黒剣を徐々に押し上げながらアークは叫んだ。

『ねーちゃん、アポロニア! キツいかもしれないけれど、二人を治して!』

『ええ!』

 応えて、アポロニアが聖杖を持ち上げる。

『……させぬよ』

 やはり、アポロニアの治癒能力は脅威なのか、ドッペルゲンガーは矛先を変えようとした。

『こっちの台詞だ!』

 ふわりと離れかけたドッペルゲンガーに、アーチボルドは聖剣を叩き込む。

 ドッペルゲンガーは黒剣を振り上げ、その一撃を止めた。

 剣が再び交差したところで、アークは一瞬アーチボルドの力を抜く。突然崩れた均衡に、ドッペルゲンガーの黒剣が泳いだ。

『はあああッ!』

 すかさずアーチボルドはドッペルゲンガーのふところに飛び込み、聖剣をふるう。

『むっ……』

 聖剣の刃が切っ先が、斬撃や突きとなり、ドッペルゲンガーに襲いかかった。

 重くはないが素早いその剣勢に、ドッペルゲンガーはアポロニアへの攻撃を断念し、アーチボルドに向き直る。

『新米騎士が、なかなかやる……!』

『しごかれたんでね!』

『だが、まだまだ青い』

 兜を狙って跳ね上げられた聖剣を、ドッペルゲンガーはなんなくしゃがんでかわした。

『残念だな。騎士アツシなら今ので決まっていたかもしれんが』

『なんだとぉっ』

 一瞬冷静さをなくしたアーチボルドに、ドッペルゲンガーは蹴りを放った。

 足をすくわれ、アーチボルドは大地に倒れこむ。

『滅びたまえ!』

 邪気を吹き上げながら黒剣が突き下ろされた。

『うわっ』

 顔面めがけて迫る切っ先を、なんとか身体をひねってかわし、第二撃は聖剣で受け止める。

『聖剣よ……!』

 アークはアーチボルドの内で、聖剣に念をこめた。

 力と力がぶつかりあい、軋みを上げていた刀身に、輝く文字が走る。

 それは神の祝福。勝利を約束する聖なる刻印。

『ブレスブレイド!』

 刻印が閃光を放ち、ドッペルゲンガーを弾き飛ばした。

『はあッ、はあッ、はあッ』

 身体を起こしたアーチボルドは、間髪入れずドッペルゲンガーに斬りかかる。

『むうッ』

 ギィン! と星を散らして聖剣がドッペルゲンガーの肩当てを粉砕した。

 光と闇の残像を描き、二剣が交錯する。
 聖剣がドッペルゲンガーの腕を貫き、黒剣がアーチボルドの肩を切り裂いた。

 両者は譲らず互いに念をこめあう。

『聖剣よ……百に輝け!』

『黒剣よ、百に響け!』

 異なる念が、しかし同じ技を呼ぶ。

『バーストブレイド!』

 光と闇が互いの傷から内部で炸裂した。

『ぐううううううッ』

『――ぬぉぉぉっ!』

 白煙を上げながら、アーチボルドとドッペルゲンガーは飛び退った。

『同じ技かよっ』

 聖剣をふって闇の残滓を取り払いながら、アークは叫ぶ。

『同じ? フ、クク、威力が違うな!』

 光と闇の爆裂から先に回復したのはドッペルゲンガーだった。

 わずか、ほんのわずかに、バルタザルの念がアークの念を上回ったのだ。

『くっ』

 闇に体中を貫かれ、痺れが走る。
 回復まで一瞬の時がいる。しかし――。

 うなりをあげる黒剣!

『今一度受けよ、バースト――!』

『轟け、ライトニングボルト!』

 膨れ上がる闇を裂くように、鋭く弓弦が鳴った。

 撃ち出された光が雷となり、ドッペルゲンガーの身体に突き刺さる。

『ぎ……!』

 衝撃で浮き上がったドッペルゲンガーの眼前に魔方陣が描かれた。

 朗々たる詠唱が響き渡る。

『紅き炎、猛き炎、清き炎よ。召喚の門をくぐり三界から現れよ』

 現れたのは三色の魔法の炎。

『敵を討て、トリプルブレイズ!』

 召還者の命令に従い、炎は歯噛みするドッペルゲンガーを打ち据えた。

『シルマリオン、フィランダー!』

『集中しろ! まだ終わってない!』

 歓声を上げてふりかえろうとするアークを、シルマリオンが叫んで止める。

 バルタザルの呪力を打ち破るために愛美が消耗していたため時間がかかったが、なんとかスタンレーもパーシヴァルも動けるまでに回復していた。完全ではないが、これで急場はしのげる。

『アミ、頼むぞ!』

 シルマリオンは残った念を込め、聖光を射った。倒れたドッペルゲンガーを取り囲むように光の矢が地に刺さる。

 愛美はシルマリオンの意図を正確に読み取った。

 光の矢を基点とすれば、弱まった今の力でもドッペルゲンガーを封じる結界を張れる――!

 アポロニアは勢いよく聖杖を一回転させ、結界を発動させた。

『聖杖の呼びかけに応えよ、日輪。封環となり邪悪なる者を制せよ!』

 迸った聖光が、スタンレーの射った矢を辿り、封印の環となった。

 ギシッと空間が揺れる。

『アポロニアッ……!』

 全身を震わせ、ドッペルゲンガーが立ち上がった。だが、それが精一杯だ。薄い光の壁を破ることは出来ない。

『聖剣を掲げろ、アーク!』

 パーシヴァルの右手に念を込めながら、フィランダーが叫んだ。

 言われるままに、アークはアーチボルドを操り、聖剣を掲げる。

『受け取れ、ボクの力の全てだ!』

 聖剣に、パーシヴァルの魔方陣が重ねられた。聖光を放つ刃に、炎が生まれる。

『バルタザル――!』

 アーチボルドは光と炎の刃を正眼に構えた。念と祈りをこめて、大地を蹴る。

『騎士の力をその身に受けろォッ!』

『オオオオオオッ!?』

 結界を突き破り、聖剣はドッペルゲンガーを貫いた。

『ぜやあああああああああッ!』

 アーチボルドはそのまま手首をかえし、ドッペルゲンガーの身体を切り裂く。

 光と炎が炸裂する中で、ドッペルゲンガーが擬態した黒銀のアーチボルドは、粉々に砕け散った。

 静寂。

「――どこだ。どこから狂った……?」

 揺らめく炎の中から上半身だけになったバルタザルがふわりと現れる。

 ひび割れた仮面の奥に揺れる瞳が、未だ聖剣を構え続けるアーチボルドの姿を捉えた。

 百の光をまとって立つ、聖剣の騎士――。

「ふ、そうか。少年が……、聖剣の騎士が現れた時から、全ては狂い始めていたわけか」

 紫の血をしたたり落としながらも、バルタザルは哄笑した。

「あなどりがたし『A』。騎士の魂よ……!」

 哄笑が風に呑まれ、バルタザルは灰と化す。

 コトンと仮面が地に落ちた。

『や……、た』

 見届け、アーチボルドは光に包まれる。
 一体化が解除され、最後の一撃で精魂使い果たしたアークは、がっくりと膝をついた。
 初めてのゴッドメイルでの激闘に、身体がバラバラになりそうだ。

「アーク!」

「しっかり!」

 同じくゴッドメイルとの一体化が解除されたシルマリオン達が、痛む身体を引きずりながらやって来た。

「へへ、やったぜー……」

 シルマリオン達の顔を見て心が緩んだのか、アークは、どさりと身体を地面に投げ出した。

「オイラ、ちゃんと、やれたかな」

 照れくさそうに笑うアークに、フィランダーが泣きながら頷いた。

「うん、うん。り、立派な聖剣の騎士だったよ」

「うわ、フィランダー。それやめて。なんかオイラ死ぬみたいじゃん」

「え、縁起でもないこと言うなっ」

 アークを抱き起こして、シルマリオンが笑う。

「暗さのカケラもないな」

「だって――」

 アークは空に手を差し伸べた。

「爽快なんだ。オイラ、守ったから。ねーちゃんの優しさと、聖剣の騎士の魂を――」

「アーク」

 愛美が万感の想いをこめてアークの手をぎゅっと握り締めた。

「ありがとう、アーク。ありがとう、わたしの半身……」

 そこにシルマリオンが、フィランダーが手を重ねる。

「――再び四騎士がそろった!」

「ボ、ボク達は必ず勝ち残る!」

「ディアマントを、日本を、世界を――」

「この手で護るんだ!」

 騎士達は誓いの言葉を空に響かせると、ボロボロの身体を抱きしめあった。


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