『これは、冥王オスヴァルト軍の侵攻に、巨大甲冑ゴッドメイルを操って立ち向かう、四人の聖騎士の物語……』
壮麗なビジュアルスケールと壮大なストーリーで織り成す世界を見事なまでに融合させた話題作。
『百光のアーチボルド』DVDシリーズ発売決定。
第一巻は巨大甲冑黙示録、聖騎士五人の声優対談など豪華初回特典つき!
アーク「招来! 聖剣の騎士アーチボルド! 我が『A』の魂に呼応せよ!」
騎士達の戦いが、今、幕を上げる。
PANダイビジュアル
大木の根元に愛美が膝を抱えて座っている。
「……いい天気」
街を見下ろしながら愛美は呟いた。
吹き抜ける風が、愛美の髪をくすぐっていく。
買い物はとっくに終わっていたが、神殿には帰りたくなかった。
今まで篤が居た場所に、少しずつ、少しずつアークが馴染んでいく。
まるで、昔からそうだったかのように。
まるで、篤などいなかったかのように。
「みんなが、兄さんを忘れてしまうのかな」
呟きながら、そんな事はないと自身の言葉を心の中で打ち消す。
今日だって、フィランダーが篤の好きな色の花を買うようにと言ってくれたではないか。
シルマリオンだってディアナと共に、毎夜、篤のために礼拝堂で祈りをささげてくれている。
篤は忘れられてなんかいない。
「わかってるわ。でも、ダメなの。兄さんの場所にアークを見つけるたびに、違うって叫びたくなるの!」
コツン、と愛美は大木に頭をもたせかけた。
「兄さん、兄さん。わたし、アークに優しく出来ない……。こんなんじゃダメなのに。わたし達、力を合わせなくちゃいけないのに。でも、優しくできないの。わたし、篤兄さんみたいに強くなれない……」
目を閉じれば、初めて篤とここにやって来た時の事を思い出す。
ここは、ホームシックにかかった愛美をなぐさめるために、篤が連れてきてくれた思い出の場所だった。
『愛美、ほらご覧よ』
記憶の中の篤の声に促され、愛美は目を開け、そびえたつ大木を見上げる。それは桜の樹。大きく広げた枝に今は花は無いけれど、あの時は満開だった。
『うちの庭に咲いていたのと同じ桜だよ』
『……ディアマントにも桜が咲くなんて』
『ディアマントと日本はどこかでつながっているのかもしれないね。ああ、だから俺達が呼ばれたのかな』
ふわりと舞う桜の花びら。
『覚えてる? 愛美。よく二人で桜の樹の下で遊んだのを』
篤はそういうと降り積もった桜の花びらをすくいあげ、愛美にばさりと放り投げた。
『やだ、やめて兄さん!』
『ダーメ』
再び舞う桜。
『もうっ』
愛美は、楽しそうに笑う篤に向かって、桜の花びらを投げ返す。
二人で子犬のように転げまわっていたら、いつのまにか寂しさが消えていた。
「兄さんは、強い。自分だって不安だったはずなのに、そんなそぶり絶対見せないで、余裕のない中で桜なんて見つけて、わたしを喜ばせて……」
浮かんでは消える、篤の笑顔。
「兄さん……」
愛美は大きくため息をつくと、荷物をもって立ち上がった。
「いつまでも思い出に甘えていても仕方ないわよね」
きびすをかえしたその瞬間。
「愛美」
懐かしい声が愛美の名前を呼んだ。
愛美は凍りついたように動きをとめ、ぎこちなく振り返った。
「愛美」
「うそ……」
篤が、そこいた。
愛美と同じ中学の制服を着て、首にはアーチボルドの首飾り。聖光がキラリと輝く。
「あつ、し、兄さん……?」
「ひどいな、愛美。俺の顔を忘れたのか」
「うそ、うそよ。兄さんがいるわけない!!」
愛美は絶叫した。
「だって、兄さんは、死んだんだもの! そうよ、わたしの腕の中で冷たくなって……、でも、笑って……!」
「なにを言っているんだ?」
愛美は二、三歩あとずさった。
「あなたは誰!?」
「愛美?」
愛美の糾弾に、篤は悲しそうな表情をした。ズキリと愛美の胸が痛む。
「どうしたんだ、愛美、なにか、怒ってるのか……?」
篤が一歩こちらに足を踏み出した。
「近寄らないで!」
叫んで拒絶しなければ、その胸に飛び込んでしまいそうになる。
「愛美」
ふう、と篤はため息をついた。
愛美のよく知る仕草で。
「お前が怖がるなら近寄らない。だから、そんな顔をしないでくれ」
「兄さん……、兄さん……」
愛美の目からポロポロと涙が滴り落ちる。
愛美は唇をかみ締めると、篤という名の誘惑に背を向けた。
「愛美っ」
その背に向かって篤が叫ぶ。
「待ってるから! 俺はここでお前を待ってるから! 愛美が来るまで、ずっと……!」
愛美は耳を塞ぐと走り出した。
「そう――」
小さくなる愛美を見送って、篤は唇の端を持ち上げる。
「待っている。騎士アミ――」
それは、篤の顔に浮かぶ、篤ではありえない笑み。
暗転。
――聖ディーア神殿。篤の霊廟のある中庭。
「ぐぁー……、いってー、いってー、腕も足も腰もあちこちいてー。あれだけオイラをしごいて、その後自分達の訓練もするなんて、シルマリオンもフィランダーもバケモノだー……」
あちこちに痣を作ったアークが、中庭をぷらぷらと歩いている。
そこに泣きながら走ってくる愛美。
アークはギョッとして立ち止まる。
「ねーちゃん?」
だが、愛美はアークに目もくれず、篤の霊廟へと駆け込んでいった。
ただならない様子に、アークも愛美の後を追う。
愛美は荷物を床に投げ出して、篤の棺にとりすがっていた。
「なんだよ、どうしたんだよ」
アークは荷物をまとめ、散らばった花を集めると愛美の傍に寄る。
「ほら、花」
「……て」
「え?」
「放っておいて!」
強く拒絶されて、アークは立ちすくんだ。
同時にムカムカと腹をたてる。
「あー、そうかよっ! じゃあ、勝手に泣いてろよ!」
吐き捨てながら、アークはそれでも棺の上にそっと花を置いた。
ディアナの術がかけられている為、篤の身体が朽ちることはない。その顔はまるで眠っているかのようだった。
「……ッ」
アークは唇をかみ締め、視線をそらす。
「オイラは、あんたには勝てないよ」
呟くと、アークは霊廟を飛び出した。
「くそっ、くそっ……!」
そのまま神殿を抜け出し、迷路のようになった人気の無い裏路地へと駆け込む。辺りに誰もいない事を確認し、アークは首飾りから剣を取り外した。
小さな剣はみる間に大きくなり、アークの手に収まる。
「くっ。やっぱり練習用と違って、ホンモノは重いな」
アークは、ブン! と一度剣を大きく振った。
「でも、使いこなさなきゃ。これが出来なきゃ聖剣の騎士じゃないっ」
アークの目に固い決意の光が浮かぶ。
アークは無言で剣を振り始めた。
仮想敵を想定し、フィランダーやシルマリオンの教えを思い出しながら、突きや、斬撃、受け流し、防御、間合いを自分の物にしていく。
手足の痛みはいつの間にか気にならなくなっていた。
「たあ! ハッ、やあ!」
汗が飛び、やがて掌の豆が潰れて血が滲み出す。
それでも、アークは剣をふるうのをやめない。
やがて日が沈み、星がまたたくころまでそれは続けられた。
とうとう疲れ果てて、アークは剣を取り落とす。
「はあ、はあ、はあ」
アークは額の汗をぬぐうと、そのまま路地に大の字に寝転がった。
「……あー……、オイラ、何かをこんなにがんばったのって、初めてかもー……」
身体は疲れていたが、気分は爽快だった。
冷たい風にうっとりと目を細めていると、その風にのって、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「アーク、アーク!」
「もうっ、あ、あのバカッ。どこに行ったんだ。アァーク!」
ハッとしてアークは身体を起こした。
「いっけね。シルマリオン達の訓練がおわったら、戦術の勉強の時間だった!」
アークは立ち上がろうとするが、力が入らない。へたりこみ、二人の名を呼ぶ。
「シルマリオーン、フィランダー! ここだよぉー……」
アークの声を聞きつけた二人が、ややあってやって来る。
「アーク! 黙って外出するんじゃない!」
「終わったら勉強だって言っておいただろ! こ、こんな所でなにして……」
シルマリオンとフィランダーは顔を見るなり雷を落としたが、アークの様子に気づくと、次のお小言を飲み込んだ。
「ど、どうしたんだ、この手」
フィランダーがしゃがみこんで、血で汚れたアークの手を取った。地面に置かれた聖剣の握りにも血は付着している。
「ちょっと張り切りすぎちゃったみたいだ」
「……」
シルマリオンは黙ってはおっていたマントの端をさくと、アークの手に巻きつけた。
「アミに治してもらうまでの応急処置だ」
「ねーちゃん、治してくれるかなあ」
疲れた顔で、へへ、とアークが笑う。
「バカッ。治してくれるよっ。ア、アミは優しいもの!」
「だったらいいなあぁ……」
かくんとアークの身体から力が抜けた。
「うわっ。ア、アークっ。寝るなー! こんな所で寝るなよー!」
慌ててフィランダーがアークを支える。
シルマリオンは剣をアークの首飾りに戻してやると、その小柄な身体を背負う。
「よいしょっと」
「大丈夫? シ、シルマリオン」
「平気。帰ろう、フィランダー」
アークを連れた二人は、神殿への帰路についた。
歩きながら、シルマリオンに背負われるアークに視線をやって、フィランダーが呟く。
「な、なんだかさ……」
「ん?」
「昔のアツシを、み、見てるみたいだ」
「ああ……」
自分の肩から投げ出されるアークの手。
シルマリオンはそれを見ながら頷いた。
「アツシも、初めのころはこうやって無茶して、マメを潰してたっけ」
「そ、そうだよ。初めは、ボクから一本とれるかどうかって腕だったんだ」
「お前、あの時も怒ってたなー。聖剣の騎士のくせに、聖魔の騎士に剣で遅れをとるとはなにごとかって」
「う、うん。でも、アツシは、皆が眠った後も練習続けて、め、めきめき実力つけて、筆頭騎士にまで、なったんだ」
フィランダーの表情が優しくなる。
「……アーク、真剣なんだね。ちゃ、ちゃんと、聖剣の騎士になるって自分の心に誓ったんだ」
「ああ」
「アミも……、ア、アミも、わかってくれるよね」
「きっとね」
しかし、二人の予想に反して、愛美はあくまで頑なだった。シルマリオンの頼みで、アークに治療は施したものの、暗い表情で、すぐに自室に閉じこもってしまう。
シルマリオンとフィランダーはため息をついて、目を覚まさないアークを部屋に運び、ベッドに寝かしつけた。
夜は更ける。
―― 一面霧の世界。
アークは霧の海のなかをぼんやりと漂っていた。酷く眠くて、目を開けていられない。
霧は心地よく、アークをまどろみに沈める。
『……ク、アーク』
「うーん、うるさいなぁ」
『……アーク。俺の『A』の魂を受け継ぐ騎士よ』
静かな、しかし逆らいがたい声がアークの精神を呼び覚ました。
「『A』の魂?」
呟いた途端、さあっと霧が晴れる。
「あ……! アツシ!?」
光をまとい、そこに立っていたのは、霊廟で永久の眠りについているはずの聖剣の騎士、若槻篤だった。
篤は、愛美とよく似た面立ちに、ニコリとあたたかな笑みを浮かべる。
「アンタ、なんでっ」
篤の顔から笑みが消え、スッと表情が真剣になった。
『時間がない、アーク。新たなアーチボルドの操者。半身たる『A』を救ってくれ』
「半身たる『A』?」
『そう。俺達の半身であるもうひとつの『A』が、闇に飲まれようとしている』
「闇!?」
『頼む。新たな聖剣の騎士よ……』
篤の身体を徐々に透かしていく光。
「あ、ちょっと待って、アツシ!」
消失の気配を感じて、アークは叫んだ。
「アツシッ!」
手を伸ばし、がばっとアークは身体を起こす。
「……アレ?」
薄暗く判別がつきにくかったが、どうやらそこはアークに割り当てられた神殿の一室のようだった。
「アレ? なんだあ、夢かあ」
アークはポリポリと頭をかいて、手に痛みがない事に気がついた。
ハッと手を見て、そこに傷がない事を確認する。
「手……。ねーちゃんが治してくれたのか?」
そういえば、あんなに疲れていたはずの身体も軽い。
へへっと笑うアークの脳裏に、先ほどの篤の言葉がリフレインした。
『俺達の半身であるもうひとつの『A』が、闇に飲まれようとしている――』
「半身……、もうひとつの『A』……、ねーちゃん?」
コツン。
微かに響く小さな靴音。
誰かが廊下を歩いているらしい。
「こんな時間に誰だよ」
アークはベッドから降りるとドアを開け、そっと顔を出した。
廊下の角を曲がる愛美の姿がアークの目に映る。
「どこ行くんだ、ねーちゃん。また、霊廟か?」
それならそっとしておこう。
アークは一瞬そう思ったが、先ほどの篤の夢がどうしても胸にひっかかった。
「……よし」
逡巡の後、アークは知らず首飾りを握り締めると、そっと愛美の後を追った。