アミ「アーク、あなたもこれで勉強しなさい!」
アーク「やーなこった!」
フィランダー「に、逃がさないからね!」
どさっと降り注ぐノートの山
シルマリオン「さあ、キミも一緒に、アーチボルド学習帳で勉強しよう!」
全員「シャーペンセットもあるよ!」
♪シャポニキャ学習帳♪
蒼く輝く巨大な結界石が天に向かってそびえたち、巫女姫の祈りの波動を発している。
血染めのローブと仮面をまとった腐鬼のギュンターが結界石の前に立ち両手をかざした。
広がった腐食の毒が結界石を包み込み、巫女姫の祈りを弱める。
「ケッケッケ……、冥王オスヴァルト陛下より頂戴した力の前では、巫女姫の祈りも恐るるに足らず」
ギュンターはローブをひるがえして兵卒を呼ぶ。
「出でよ、小鬼(インプ)ども!」
ギュンターの声に応えるように地面に黒い染みがいくつも広がり、そこから黒い翼を持った小鬼達が現れた。
「結界石を壊してしまえ!」
「キキィッ!」
小鬼達は鋭い爪をふりかざし、結界石に飛び掛る。
「させないわ!」
響き渡る凛とした声。
水が逆巻き、愛美が現れる。
愛美は走りながら首飾りから杖を取り外した。小さな杖は、みるみる大きくなり、まぶしい輝きを放つ。
「たあッ!」
愛美は、今にも結界石を砕こうとしていた小鬼に杖を叩き込んだ。
みぞおちを突かれた小鬼は、悲鳴を上げて地面に転がる。
「ハッ!」
愛美は杖を回転させて、回り込もうとしていた小鬼達をなぎ払った。
「ア、アミ!」
フィランダーが駆けつけて、アミの腕をとり後退する。
「アミのバカ! キ、キミの役目は後方支援だろっ」
「フィランダー」
フィランダーはキッと鋭い目で、小鬼とギュンターを睨みつけた。
「攻撃は、ボ、ボクとシルマリオンに任せておいて!」
言うが早いか、フィランダーは右手を天にかざした。
「聖魔の騎士の名の下に、集え炎!」
首飾りの魔方陣が輝き、フィランダーの手に炎が鞭となって現れる。
「焼き尽くせ!」
炎の鞭がうなりをあげて小鬼達を打ち据えた。紅蓮の炎に包まれて、小鬼達はみるまに灰になった。
「なんだあ!? アイツ強いじゃん!」
現れたアークがフィランダーの力を目の当たりにして、驚きの声を上げる。
「当たり前だ」
ポンとシルマリオンがアークの頭に手を置いた。
「多少気は弱いが、あいつも選ばれた騎士。戦いで敵に遅れをとるわけがないだろ」
「シルマリオン、フィランダーひとりじゃあの数はムリだわ!」
「わかってる」
シルマリオンは愛美に微笑むと、首飾りから弓を取り外した。
「アミはもう前に出ないで。支援を頼む」
「ええ!」
シルマリオンが大きくなった弓を優美に構える。
「アイツ、矢持ってないぜ!?」
「聖弓が放つのは、聖光よ」
アークに言い放つ愛美。
その言葉通り、弦をひきしぼるシルマリオンの手に光の矢が現れていた。
「貫け、光の矢よ!」
恐るべき速さで、シルマリオンは次々と矢を放つ。
光の矢は狙いたがわず、小鬼達の額を貫いていった。
「あ!」
アークがハッとする。
一匹の小鬼が羽ばたいて、シルマリオンの矢の軌道から逃れたのだ。
ふ、とシルマリオンは笑う。
「甘い。曲がれ!」
シルマリオンが叫ぶと、光の矢は軌道を変え宙の小鬼を射抜いた。
青い血を噴出させながら、小鬼はどうと地面に落ちる。
アークはゾクゾクと身体を震えさせた。
「すげえ、これが、騎士……!」
「雑魚はこれだけか、ギュンター!」
フィランダーと共に小鬼を全滅させたシルマリオンが、キッと腐鬼のギュンターを睨みつけた。
「ケケケケケ……、やはりアツシがいる時よりも時間がかかるなあ!」
「な、なんだとぉ!」
激昂しかけるフィランダーを、シルマリオンが片手で制する。
「貴様ひとりくらいオレ達だけで事足りるさ……!」
シルマリオンは言うが早いか、ギュンターに向かって矢を放った。
「むぅ!」
ギュンターはギリギリで身をかわしたが、矢はギュンターの仮面を跳ね飛ばす。
「ハッ!」
フィランダーがすかさず炎の鞭をギュンターに振るった。するすると伸びた炎は、ギュンターのローブを大きく焼き裂く。
「おのれ、騎士どもめ!」
狡猾そうな素顔をさらしたギュンターは、憤怒の叫びを上げた。
クスリとシルマリオンが涼しく笑う。
「お互い遊んでいても仕方ないだろう? 本気で来い、ギュンター」
「いいだろう! 腐毒の恐ろしさ、特と味わうがいい!」
バッとギュンターが腕を組んだ。
「地を伝い現れよ……、冥王陛下よりたまわりしデスローブよ……!」
ゴゴゴゴゴ、と地面が揺れる。
「うわ、なんだなんだ!?」
驚くのはアークばかりだ。
弓を首飾りに戻すシルマリオン。炎の鞭を消すフィランダー。二人はそれぞれの首飾りを天に掲げた。
「招来! 聖弓の騎士スタンレー! 我が『S』の魂に呼応せよ!」
「招来! 聖魔の騎士パーシヴァル! 我が『P』の魂に呼応せよ!」
愛美はちらりとアークを見ると、杖を首飾りに戻した。
「離れてなさい。怪我をするわよ」
「オイラも戦うぞ!」
「無理だわ」
愛美は冷たくそういうと、アークを突き飛ばし首飾りを掲げ持った。
「招来! 聖杖の騎士アポロニア! 我が『A』の魂に呼応せよ!」
「いってえ! なにすん――、うわああああ!?」
キラリと空が光り、銀色のゴッドメイルが三体、流星のように降って来る。
「わわっ、わあっ!」
アークは慌てて愛美達から離れた。
ゴッドメイルが重い音をたてて大地に降り立った瞬間、シルマリオン達の姿が光に包まれて消える。
「消えた!?」
『アーク、アーク、聞こえますか?』
「えっ、巫女姫?」
突然耳元で響いたディアナの声に、アークはキョロキョロと辺りを見回した。
『落ち着いて。水の雫がわたくしの声を運んでいます』
アークの隣に、小さな小さな水滴がいつの間にか浮かんでいた。
『シルマリオン達は今、ゴッドメイルと一体化しています。今からが騎士達の本当の戦いなのです。アーク、あなたは、離れて見ていなさい』
「わ、わかった」
アークはディアナの言葉に従い、ゴッドメイルから距離をとる。
と、寒気がするような邪悪な気配が広がって、アークは身体を震わせた。
ぱっくりと地面がひび割れたかと思うと、そこから闇が迸り、ギュンターを包み込む。
闇は、徐々に巨大な悪鬼へと化していった。皮膚は爛れ落ち、落ち窪んだ瞳には紫の炎が揺れる。黒く長い爪の先からは毒が滴り落ち、しゅうしゅうと煙を上げた。
『それが貴様の新しいデスローブか? 醜悪だな!』
シルマリオンの声が響く。
『ケケケケケ……、アツシを倒した褒美よ……! デスローブ、グールの力思い知るがいい』
『貴様こそ、騎士の力を思い知れ!』
愛美が叫び、聖杖の騎士アポロニアが手にしていた巨大な杖を持ち上げた。
杖は聖印を宙に描く。
『聖杖の呼びかけに応えよ、大地。戒めとなり邪悪なる者を封じよ!』
聖杖に導かれるように土が鎖の形に盛り上がり、グールの両足を縛りつける。
すかさず聖魔の騎士パーシヴァルが、魔力を帯びたガントレットを前方に突き出すと、巨大な魔方陣がゆらめきながら現れた。
『紅き炎、猛き炎、清き炎よ。召喚の門をくぐり三界から現れよ』
魔方陣から、紅、橙、蒼、三色の炎が嵐のように噴出する。
『敵を討て、トリプルブレイズ!』
炎は螺旋を描きながら、動けないグールに向かって疾走した。
炎がグールに届くまさにその瞬間。
『ケケーッ!』
『なにっ』
グールは爪で自らの足を切り裂き、愛美の戒めから逃れた。背から蝙蝠のような羽が生え、飛び上がる。ボタボタと腐った肉が飛び散った。切り裂かれた部分からズブリと新しい足が生える。
『騎士など所詮はこの程度よ! ケハハハッ!』
グールは滑空すると、アポロニアに向かって毒の霧を吹きかけた。
『アミ!』
パーシヴァルがアポロニアの前に身体を投げ出す。
『ぐ、あああああッ!』
『フィランダー!』
がっくりとパーシヴァルは膝をついた。
毒の霧を浴びた肩当や胸甲が、腐食されボロボロと崩れ落ちる。
パーシヴァルの内部で一体化しているフィランダーにもそのダメージは及んでいるだろう。
「ピンチじゃん、ピンチじゃん! 巫女姫! オイラも戦うぜ! どうやったらアレ呼べるんだ!?」
戦いの様子を見守っていたアークは、両手を振りながら水滴に叫んだ。
『……首飾りを天空神殿にかざすのです』
「こう、か?」
アークはアーチボルドの首飾りを天にかざした。
『そして、祈りをこめて呼びなさい。招来。聖剣の騎士アーチボルド。我が『A』の魂に呼応せよ、と』
「よ、よーし」
アークは首飾りをぎゅっと握り締めた。
「招来! 聖剣の騎士アーチボルド! 我が『A』の魂に呼応せよぉ!」
キラリと首飾りが聖光を放つ。
『……アーチボルド!?』
素早くギュンターが反応した。
『なんだ、あの小僧は!』
「こーい! 来いッ。来いったら、来いってばー!」
アークは首飾りをブンブンと振るが、アーチボルドが天空神殿より降臨する気配は微塵もない。
『道化か! クケケケケケケ! 死ねいッ!』
「ゲッ」
グールは羽ばたきひとつで距離をつめると、アークにむかって巨大な爪を振り下ろした。
「う、うわあああああああ!」
アークは咄嗟に腕で顔をかばう。
アポロニアが聖杖を振り上げた。
『聖杖の呼びかけに応えよ、月光! 我等を護る盾となれ!』
アークの前に、青白い光が収束した。
満月の盾が、グールの爪を受け止める。
『はあッ!』
聖杖の動きに合わせて月光の盾が持ち上がり、グールの爪をギリギリと押し返した。たまらず、グールは倒れる。
『おのれ、アポロニアッ! いまいましき『A』め!』
『遊びが過ぎるな、ギュンター!』
起き上がろうとしたグールに、聖弓の騎士スタンレーが駆け寄り、脇腹を蹴り上げた。
『ぐがあッ』
『接近戦が出来るのが、アーチボルドだけだと思うなよ』
『ぐ、ぐぐ、だがそれは貴様の本領ではあるまいッ!』
グールの意識が、アークから騎士達へと戻った。
『アーク今のうちに』
「くそっ」
アークはディアナに促され、しぶしぶ離れた。
「なんで来ないんだよ、なんでっ!」
『貴方にはまだ、騎士としての自覚がたりません』
「そんなこと言ったって」
『見なさい、アーク。騎士の戦いを、心を学ぶのです』
縦横無尽にグールが爪を繰り出す。
スタンレーは冷静にその全てを紙一重でかわしていた。
その隙をついて、アポロニアがパーシヴァルのゴッドメイルを癒しの力で修復する。
『フィランダー、フィランダー! 大丈夫!?』
『げほっ、う、うん、だい、じょうぶ! 戦える!』
パーシヴァルは立ち上がると、グールの上空に魔方陣を呼び出した。
『銀の輝き持つ氷刃よ! 研ぎ澄まされた槍となりて天の門をくぐれ!』
魔方陣が銀のきらめきを放ち、無数の氷柱が現れる。
『敵を裂け! アイシクルスピアー!』
恐ろしいまでの冷気をまとって、氷の槍刃が降り注いだ。
『カァッ!』
傷を負い、グールがよろめく。
『まだだ、ギュンター!』
パーシヴァルの攻撃の間に間合いをとったスタンレーが聖弓を構えた。
まばゆいばかりの光の矢が五本、同時につがえられる。
『悪いな、本領発揮だ!』
ビシッ! と鋭い音をたてて光の矢は空を切り裂きグールを射抜いた。
左肩、右腕、左脇腹、右腿、そして左目。
『ゴォォォッ!』
グールの身体に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
『ゲ、ゲハっ、ゲボハッ』
『堪えるだろう? 聖剣の傷さ』
『聖、剣だとぉ……!?』
『アツシが最後の戦いで、貴様の体内深くに残した傷だ。気づかなかったか? こればかりは癒しきれなかったようだな!』
聖弓に収束する鋭い光。
『貴様は結局、アツシの力で滅びるんだ!』
グールの眉間めがけて、スタンレーの光の矢が放たれる。
『ヒッ』
しかし。
グールの前に突如闇の穴が現れた。
光の矢は空しく闇へと吸い込まれて消える。
穴の隣には、血染めのローブを翻した仮面の悪鬼が浮いていた。
『お、おお、バルタザル!』
「引け、ギュンター。くだらぬおごりで、グールのデスローブをそれ以上傷つけるな」
『くっ。覚えておれ、騎士どもめ!』
グールは悔しそうに叫ぶと、闇の穴へと姿を消した。
一陣の風が、バルタザルと騎士達の間を駆け抜けていく。
『バルタザル……、呪鬼の、バルタザル……!』
「いかにも。騎士アミ」
『お、お前はアツシと刺し違えたはずだ!』
「いかにも、騎士フィランダー」
フィランダーの叫びに涼しく答えるバルタザル。
『そのお前が、何故生きている!』
「単純なこと、騎士シルマリオン。あの時確かにアツシの剣は私を貫いたが、致命傷には至らなかった」
『い、息絶えたふりをして、わたし達の矛先から逃れたのね!』
「敵の目を欺くのは戦いの基本ではないか、騎士アミ」
『――!』
アポロニアが聖杖をかまえたのをみて、バルタザルは肩を揺らした。
「今日は愚かなギュンターを回収しに来たまで。刃をまじえるのはまたの機会をもうけるとしよう」
『待て!』
しかし、愛美の叫びも空しく、バルタザルの姿は闇と共に消えた。