CM

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ク ・ リ ・ ゴ


――冥国オブシディアン 冥王オスヴァルトの間。


 暗青色に支配された広間。燃え盛る闇の炎。炎の向こうに揺らめく影。

 重々しい声が響き渡る。

「三魔将よ……」

「――御前に」

 それまで無人であったはずの広間に、三つの人影が現れた。

 それぞれに血染めのローブを身にまとい、仮面をかぶっている。

 彼らは闇の炎に向かって、恭しくひざまずいた。

「呪鬼のバルタザル……」

「ケケッ、腐鬼のギュンター!」

「――破鬼のインゴ」

「三魔将、うちそろっておりまする、冥王オスヴァルト陛下」

「傷は癒えたか」

 冥王の言葉に、ギュンターが胸を張って答えた。

「これしきの傷、冥王陛下がご心配されるまでもございません! ケケケッ」

 ギュンターの言葉をバルタザルが継ぐ。

「傷は全て癒えております。――しかし、さすがは筆頭騎士アツシ。動けるようになるまで、いささか時を消費いたしましたな」

 インゴがフンと鼻を鳴らす。

「いまいましい事よ。……だが、アツシは倒れ、二度とは立ち上がらぬ。『A』の魂を継ぐものが現れるまで、百年の時はかかろう」

 ゆらりと大きく闇の炎が揺れた。

「この機を逃してはならぬ。一気にたたみかけ騎士どもを殺し、巫女姫に絶望を与えよ……。そして世界を闇に閉ざすのだ」

「御意!」

 ギュンターが一歩進み出た。

「その役目、腐鬼のギュンターにおまかせあれ! あやつらの心臓、腐り落としてみせましょうぞ、ケケケケケ……」

「――よかろう。行くがよい」

「ははあ!」

 ギュンターがローブを翻し、姿を消す。

 闇の炎が勢いよく燃え上がり、全てを黒に染めた。

 暗転。


 ――天都ディアマント聖ディーア神殿、巫女姫の間。


 清らかな水が流れ落ちる大理石造りの巫女姫の間。
 縛り上げられたアークを囲むように立つシルマリオン、愛美、フィランダー。
 床に座らされたアークは頬をふくらませている。

「なんだい、なんだい。人を罪人みたいにあつかってさ!」

「ぞ、賊は立派な罪人だろ!」

「アーク、フィランダー、静かに。巫女姫様がいらっしゃるぞ」

 シルマリオンにいさめられ、アークは舌を出し、フィランダーはびくりと震えた。

「ご、ごめん、シルマリオン」

 涙目で謝るフィランダーに、シルマリオンは苦笑する。

「アークの十分の一でいいから、お前がもう少し図太かったらなあ」

「フィランダーはこのままがいいのよ」

 愛美がフィランダーにうなずくと、パッとフィランダーの顔が明るくなった。間髪入れず、アークが野次る。

「ダッセー!!」

「う、うるさ――」

 ハッとしてフィランダーは口を閉じた。
 水が逆巻き割れて、その中から白い絹服をまとった少女が現れたからだ。水の雫が、キラキラと青い髪をきらめかせた。

「ディアナ様」

 シルマリオン、愛美、フィランダーは次々と膝を折った。

 状況がのみこめず、アークはキョロキョロと少女とシルマリオン達を見比べる。

「ジッとしろッ。み、巫女姫ディアナ様の御前だぞ」

「巫女姫ー!? このちっこいのがー!?」

 アークが驚くのも無理はなかった。
 やわらかに微笑む巫女姫は、どこからどう見ても十に満たない幼い少女だったのだ。

「巫女姫っていったら、もっとバーンで、ボーンで……!」

「ディ、ディアナ様を汚すなー!」

 ロコツなアークに、フィランダーは顔を真っ赤にして叫んだ。

「まあ、随分と仲良しになったのね」

 ディアナの可愛らしい声に、フィランダーはがっくりと肩を落とす。

「な、仲良くなんてなってません。ボク、こいつキライだ……」

「仲間同士は仲良くしなければなりませんよ、フィランダー」

「――仲間」

 巫女の言葉に、愛美はぼそりと呟く。

「ディアナ様、それは、つまり」

 問いかけたシルマリオンに、ディアナは優雅に頷いた。
 ふところから、小さな剣のついた銀色の首飾りを取り出す。

 首飾りは、時に淡く、時に強く、美しい光を放っていた。――アークに向かって。

「――!」

「聖光……、アーチボルドが反応してる……」

「ええ、間違いありません。アークこそ、アツシの『A』の魂を受け継ぐアーチボルドの新たな操者です」

「へ? オイラが? アーチボルド、の?」

 ディアナがアークに一歩近寄ると、アークを縛っていた縄がするりと解ける。

「アーク、聞いてください」

 真摯なディアナの瞳に、さすがのアークも逃げる事を忘れ、息をのんだ。

「世界は今、冥国オブシディアンの魔手に脅かされています。冥王オスヴァルトは、世界を汚し、貶め、全てを冥国に変えるつもりなのです。世界が冥国となれば悪鬼がはびこり、人は滅ぶしかありません……」

「知ってるよ。だから、あんたがケッカイとやらを張って、オイラ達を護ってくれてるんだろう?」

 にこり、とディアナは微笑んだ。

「ええ。冥国の穢れから世界を護ること。それがディーア神殿の巫女姫のつとめですから」

 ふ、とディアナの口元から笑みが消える。

「これまでは巫女姫と冥王の力は拮抗し、小さな諍いはあれど、大きく互いの領域をおかすことはありませんでした。ですが、オスヴァルトは父王を殺め、その力を奪い、新たな冥王となったのです。悲しいかな、わたくしには冥王二人分の穢れを押さえる力がありません……」

「大変じゃねーか!」

 だ、だから、大変なんだよ! と叫ぼうとしたフィランダーを、ディアナは頷いて止める。

「そうです。世界の危機なのです。わたくしは、天に祈りました。世界を憂う祈りは幸い天に届き、天はわたくしに騎士を遣わしてくださった。――かつて、古の時代。オスヴァルトのように強大な力を持った冥王を滅ぼした聖なる力。神が残してくださった最後の希望。天空神殿に納められた巨大甲冑ゴッドメイル……」

 ディアナが両手を広げると、水の幕が広がり映像が結ばれる。

 天空に浮かぶ白亜の神殿。白銀の兜と甲冑に身を固めた巨大な騎士像が四体安置されている。

「ゴッドメイルを動かせるのは、呼応する魂を持った人の騎士。改めて紹介しましょう」

 アークは、背後の三人を振り返った。

「聖弓の騎士スタンレーの操者、『S』の魂を持つシルマリオン」

 ふ、とシルマリオンは笑みを浮かべ、胸元から首飾りを引っ張り出した。銀の鎖の先に小さな弓がついている。

「聖魔の騎士パーシヴァルの操者、『P』の魂を持つフィランダー」

 ぷい、とフィランダーは横を向くが、その喉元には、小さな魔方陣のついた首飾りが輝いていた。

「聖杖の騎士アポロニアの操者、『A』の魂を持つアミ」

 愛美の首にも小さな杖のついた銀の鎖がかかっている。

 それぞれの首飾りが反応しあい、まばゆい光を放った。

「――先の戦いで、聖剣の騎士アーチボルドの操者アツシが戦死しました」

 ディアナの言葉に愛美は目を伏せる。

「立派な騎士でした。品行方正で賢く、明るく、強く……。筆頭騎士の名にふさわしい……」

 シルマリオンは唇をかみ、フィランダーは目に涙を浮かべた。

「アツシが死に、アーチボルドに呼応する『A』の魂は失われたはずでした。騎士の魂の再生には百年以上の時がかかる。けれど、あなたが現れた。アーク」

 ディアナは小さな手でアークの両手を握り締めた。

「『A』の魂を持つアーチボルドに選ばれし者よ。どうかわたくし達に力をかしてください。共に、冥国の悪鬼と戦ってください……!」

 アークは圧倒されていたようだったが、やがてボソリと呟いた。

「かっけー……」

 ぴくりと愛美が反応する。

「……なんですって?」

「すげー! すげーかっこいい!」

 興奮してアークは立ち上がった。

「オイラ、知ってるよ! お前らが悪鬼達をかっこよくやっつけてるのをさ。今日からオイラにもそれが出来るんだ! しかも、あの、一番強いアーチボルドの! へへ、ワクワクするぜ!」

「ふざけないで!」

 愛美の右手がひるがえり、したたかにアークの頬を打ち据えた。

 床に転がったアークは、口の端から流れ落ちた血を拭って愛美をにらみつける。

「なにすんだよ、この馬鹿女!」

 涙を流す愛美は憤怒の形相をしていた。

「かっこいいですって、ワクワクするですって? そんな生半可な気持ちで、アーチボルドを呼ばないで! 篤が……、兄さんが、どんなに真剣に、た、戦っていたと……!」

「ア、アミ……!」

 フィランダーが手を伸ばし、愛美を抱きしめる。

 シルマリオンが静かな瞳でアークを見つめた。

「あのな、アーク」

 だが、シルマリオンの言葉は途中で止められる。巫女姫の間に敵の襲来を知らせる警報が鳴り響いたのだ。

「悪鬼か!」

「こ、こんな時に……!」

「騎士達よ……」

 ディアナの呼びかけに、シルマリオンとフィランダーは頷いた。
 涙をぬぐった愛美も顔を上げる。

「行きます。どんな時だってわたし達は負けはしない。わたし達が負ければ、世界は滅びるのだから……!」

「戦いの場へ転送します」

 ディアナが祈りをささげると、水が大きな円を描いた。その向こうに、悪鬼達の姿が見える。

 真っ先に愛美がその輪に飛び込み、フィランダーが続いた。

「アーク、来い!」

 ふてくされるアークに向かって、シルマリオンが叫ぶ。

 アークはイヤだ、と言おうとしたが、愛美の叫びを思い出して立ち上がった。

 ――見返してやる!

 アークは唇をゆがめるとディアナから首飾りを受け取り、シルマリオンと共に転送の輪に飛び込んだ。

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