――天都ディアマント。
賑やかな朝市が城下の大通りをうめる。
朝日を浴びながら市を巡る少年と少女。
商人達は、彼らの姿を認めると一様ににこやかに声をかける。
今もまた、果物屋の主人が少年を呼び止めた。
「騎士シルマリオン! ナシが美味いよ、持っていきな!」
「ありがとう」
栗毛の少年に向かって、黄金色のナシが放り投げられる。
放物線を描いてとんだソレを少年、シルマリオンは空中で受け止めた。袖でナシを軽くぬぐい、おもむろにかぶりつく。
「うん、美味いや」
シルマリオンの爽やかな笑顔に、ナシを投げた主人は嬉しそうにうなずいた。
「いくらだい、おじさん」
「とんでもねえ、あんたら騎士はディアマントの英雄だ。金なんて受け取れないよ」
「だったら」
シルマリオンはピンと左手の親指を弾いた。陽光を受けてキラリときらめきながら銀貨が飛び、主人のエプロンの胸ポケットに飛び込む。
「もうひとつは買わせてもらうよ」
シルマリオンは並んだナシをひとつつかむと、背後の少女に渡した。
「アミ、ほら」
「ありがとう、シルマリオン」
セーラー服を着込んだ少女が、ふ、と微笑んでナシを受け取る。
吹き抜ける風が、少女のセミロングの黒髪と、青いスカーフを大きくはためかせた。
しゃくり、と白い歯がナシをかじる。
「美味しい」
少女の儚い笑みに、主人は痛ましそうな表情を浮かべた。
この少女が”日本”という異世界から双子の兄共々、巫女姫ディアナに召喚された当初は、その奇異な服装と、チューガクセー、ニューシ等といった謎の言語に皆戸惑ったものだ。
しかし、彼女達が騎士となり、ディアマントの暮らしに馴染んだ今は、その真面目な性格と心優しさを誰もが愛してやまない。
「騎士アミ、元気を出して」
主人の気づかわしげな声に、少女、若槻愛美(わかつきあみ)は、こくりと頷いた。
シルマリオンがさりげなく愛美の肩を抱く。
「じゃあ、おじさん、ありがとう! 今度フィランダーも連れてくるよ」
「ああ、ああ、楽しみにしてるよ! 聖なる騎士に栄光あれ!」
立ち去る二人の騎士に手を振りながら、主人はその背に向かってささやいた。
「アミ、元気を出して。きっとアツシも空から見守っているから……」
人ごみを器用にさけて歩きながら、シルマリオンは愛美から手を離す。
「ごめん、アミ。気分転換になるかなと思ったんだけど、少し賑やかすぎたかな……」
「ううん、わたしが弱いだけなの。しっかりしなくちゃね。――篤(あつし)兄さんに叱られちゃうわ」
シルマリオンは黙って、愛美の目に浮かんだ涙をぬぐった。
「ありがとう、シルマリオン。お花屋さんによってもいい? 篤兄さんに花を手向けたいの」
「もちろんさ」
二人が顔を見合わせて微笑みあった途端――。
「シルマリオン様、アミ様、た、大変です!」
息を切らせた神殿兵が駆けつけてきた。
「何事だ」
キッとシルマリオンの顔つきが鋭くなる。
柔和な表情は解け消え、騎士としての威厳が満ちた。
「まさか、悪鬼が現れたの!?」
自然と愛美の表情も険しくなる。
彼らの敵である冥国オブシディアンの悪鬼達は、時間も場所も選んではくれないのだ。
しかし、兵士は首をふると膝をついて二人の前に控えた。
「アツシ様の霊廟に賊が侵入いたしました」
「なんですって!」
愛美が叫んで口元を両手で覆う。
「捕らえたのか」
「ハッ、フィランダー様が取り押さえられたのですが……」
「ですが、なんだ」
「そ、その」
兵士は言いにくそうに口ごもったが、やがて意を決して言葉を続けた。
「賊に、アツシ様のアーチボルドの首飾りが反応いたしました……」
「なっ」
シルマリオンが絶句する。
愛美の手からナシが転がり落ちた。
それが地面にぶつかり潰れるより早く、愛美は走り出す。
「嘘よ、そんなのは!」
愛美の美しい顔が、ぎゅ、と歪められた。
「くそー、おろせ、おろせよーッ!」
空中に逆さに浮かばされた赤毛の少年が、叫びながらジタバタと暴れる。
「ダメだッ。お前、自分が何したかわかってるのか? お前、ア、アツシの、筆頭騎士の眠りを、さ、さまたげたんだぞッ!」
浅黒い肌、切れ長の瞳、長い黒髪。
クールな印象の顔立ちの少年が、しかし目にうっすらと涙を浮かべて負けじと叫んだ。
「ダッセー! ダッセー! そんなツラしてベソかいてんじゃねえよ!」
「なんだとぉ!」
「うわあ!」
長い黒髪の少年が右手を振り上げると、ぐるりと赤毛の少年の身体が空中で一回転する。
「知らないくせに! ア、アツシが、ど、どんなに、ひっく、が、がんばって……」
「な、なんだよ、そんなに泣くなよ。オイラがすげー悪いことしたみたいじゃんか」
その無責任な発言に、とうとう黒髪の少年の怒りは頂点に達した。
「す、すげー悪いことしたんだーーーーー!」
「うーわーーー!?」
ぐるんぐるんと続けざまに回転させられて、赤毛の少年は目を回した。
と、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「フィランダー!」
駆け込んできた愛美は、ひざに手をついて息を整えた。
「ア、アミ!」
黒髪の少年、フィランダーはいそいそと愛美の傍に行くと、優しく背を撫で、愛美を介抱した。
「アミ、アミ、だ、大丈夫? 平気?」
「ええ、大丈夫、いそいで、来ただけだから」
「アミ――、足、速い……」
少し遅れてシルマリオンもやって来る。
「シ、シルマリオン!」
フィランダーは仲間がそろったことに、ほっと安堵して緊張を解いた。
「賊を捕らえたって? よくやった、フィランダー」
「え、エヘヘ」
次席騎士のシルマリオンに褒められ、フィランダーは嬉しそうに口元をほころばせた。
「ギャー!? 頬染めてんじゃねー!? そんなヒマあったら、止めろよ、おろせよ、このバカっ」
元気に叫ぶ赤毛の少年を見て、愛美は目を細める。
篤とは似ても似つかない下品で軽そうな少年だ。
「……止めてあげて、フィランダー」
「アミが、そ、そう言うなら……」
フィランダーがスっと手を上げると、ぴたりと少年の回転が止まった。
「た、助かったァ……。ゲローーー」
吐き気をこらえる少年を横目でみすえながら、シルマリオンはフィランダーに聞いた。
「フィランダー、アーチボルドの首飾りが反応したっていうのは本当か」
「ウ、ウン。妙な胸騒ぎがして霊廟に行ったらコイツが首飾りを握りしめてて……、聖光を放っていた」
「フン。霊廟になんてロクな宝がないのに、マヌケな賊だ」
「窓からのぞいたら、なんかピカピカ光ってたんだよ!」
ふてくされた少年の叫びに、やれやれとシルマリオンはため息をつく。
「……フィランダーが聖光を見間違えるはずないしな。手にする前から光ってたってことは、いよいよ本物か」
「まだわからないわ!」
おとなしそうな愛美のキツイ叫びに、少年は目を丸くした。
「名前は?」
「へ?」
「名前はなんというの?」
真っ直ぐに目をのぞきこまれて、少年は顔を赤くする。
「……アーク」
「ア、アーク!?」
ぎょっとしてフィランダーが叫んだ。
「アーク、アークかぁ……」
シルマリオンも、うーむとうめき声をもらす。
「なんだよ、なんだよ。お前ら、オイラの名前にまで文句あんのかよ!」
「アーク……、『A』の魂、なのね……」
うなだれる愛美。
「ヘ?」
騎士達の謎の言葉に、少年、アークはけげんな表情を浮かべた。