「カレブ、下がってろ」

 リカルドに言われるまでもなく、カレブはそのつもりだった。
 買ってもらった短剣に、手をかけるそぶりさえ見せない。

 カレブ達三人の前には、毛を逆立てうなり声をあげる二匹のコボルドがいた。
 戦いを予想させる緊迫した空気が流れる。

 まず動いたのはグレッグだった。

 ダガーが空を裂き、コボルドの体毛が宙を舞う。
 しかし、わずかに踏み込みが甘かったのか、傷を負わせるには至らない。

 リカルドは、もう一匹と剣を交えていた。
 交差した剣が、ぎりぎりと揺れる。

 カレブは、それを下がった場所で冷静に見ていた。

 ・・・・・・大した事ないな・・・・・・

 敵にも、味方にも、容赦のない評価を下す。

 ちょいちょいと、キャスタがカレブの服の裾を引っ張った。

「おい、カレブ。おめえは戦わないんだか?」

「うん。ぼくは戦力外だよ」

 キャスタの眉間に皺が寄る。

「それでもこう、仲間を応援してやるとか、もうちょっと積極的な態度を見せたらどうだ?」

「余計なお世話」

 カレブはツンと横を向いた。

「好きで仲間になったわけでもないんだから」

「・・・でも、そういうのは、ヒトとしてどうかと思うだど?」

 カレブがオークに人の道を説かれている間に、何とか戦いは終わったらしい。

 ハア、と大きく息を吐き出したリカルドが、コボルドが持っていた折れた剣を拾い上げる。

「・・・何してるの?」

 カレブは、後ろからそれを覗き込んだ。

「いくらぼくでも、死人からは盗まないけど」

「手前と一緒にすんな」

 剣呑な瞳で、リカルドは吐き捨てた。

「これは、証なんだよ。こいつをギルドに持っていけば、魔物を倒したって事で褒賞がもらえる。俺達はこれで稼いでるんだ」

「ああ、なるほどね」

「それに、魔物と長く触れ合った物には、魔力が宿る。巧く使えば戦いを有利に運ぶ事が出来るのだ」

 グレッグの言葉に、へえ、とカレブは呟いた。
 チラリとリカルドがカレブを見る。

「で、どうだった?」

「なにが」

「戦闘だよ、戦闘! やっぱり、怖かったか?」

 カレブは首を振った。

「別に。ただ、あんた達、迷宮に入った事があるって言ってたから、もう少し強いのかと思ったけど、そうでもないんだね」

「なんだとおおお!?」

 カレブは、じっとリカルドを見つめる。

「ぼくは、冒険者じゃないからよくはわからないけどさ。コボルドって、確かすごく弱い魔物だろう? それを倒すのに、あれだけ時間かけてちゃダメなんじゃない?」

「コソ泥がわかった風な口をきくな!」

「じゃあ、感想聞かなきゃいいのに」

「・・・私のせいだな」

 唇の端に苦笑を浮かべ、グレッグが言った。

「倒すのに手間取った。・・・最後の一歩が踏み込めなかった。やはり、心が恐怖に捕らわれているらしい。情けないな・・・」

「カレブの言う事なんか、気にすんな。迷宮の怖さ、俺はよくわかってる。ゆっくり、乗り越えりゃいいんだ」

「・・・・・・そうだな」

「ああ、そうさ! それに、あんたは一歩目を踏み出したんだ。勇気あるぜ」

 リカルドはニヤッと笑うと、「行こうぜ」と言って扉を開けた。


 

 

 カレブは、その後も完全に戦闘を二人に任せた。
 何もしない。ただ、見るだけ。
 
 グレッグとリカルドは、少しずつ傷を負いながらも、襲いかかって来る魔物達を確実に倒していく。それどころか、カレブに攻撃がいかないようにかばってさえ見せた。


 ・・・あれだけ言ったのに、本当にお人よしな連中。


 カレブの飴色の瞳に、苛立ちの表情が浮かぶ。

 今も、リカルドは妖鳥ハーピーを相手に苦戦していた。
 リカルドの技量で、攻撃と防御を同時にこなすのは難しいのだろう。
 加えて、ハーピーは素早く、なかなか攻撃が当たらない。

 ハーピーの鋭い爪が、リカルドの肩を斬り裂いた。

「ああ、もう!」

 イライラとカレブは叫ぶ。

「どきな、リカルド!」

 カレブは、腰の短剣を引き抜き、無造作に投げた。

 短剣は、きれいな弧を描くと、ハーピーの眉間にスッと吸い込まれる。
 ハーピーは空中でじたばたと数瞬もがくと、地に落ちた。
 不気味な青い血が床を流れ、絶命したと知れる。

 ゆっくりと、リカルドとグレッグが振り返った。

「カレブ・・・」

 リカルドが自分の名前をつぶやくのを、カレブはうんざりとして聞いていた。

「すげえ、一撃だ! 手前、本当にコソ泥か? 冒険者の盗賊でも、こうはいかねえ」

「死点だな」

 カレブの短剣を抜きながら、グレッグが言った。
 興奮した様子で、リカルドが叫ぶ。

「ああ、クリティカルだ!」

「クリティカル?」

 聞きなれない言葉だった。

「急所を突く攻撃をそう呼ぶのさ。戦士でも、なかなか出せやしない」

 カレブは意地の悪い表情を浮かべた。

「ふーん。コソ泥に出来る事が出来ないなんて、冒険者の戦士もたかが知れてるね。ああ、ごめん。リカルドも戦士だったっけ?」

「一瞬、手前をすごいと思った、自分が憎い」

 苦み虫を噛み潰したような表情で、リカルドは言った。

「どこで、こんな技を?」

 カレブに短剣を渡しながら、グレッグがたずねる。

「どこって・・・。短剣を握ったのも初めてなんだけどな」

 ぱっとリカルドの顔が輝いた。

「じゃあ、あれだ! ビギナーズラックってやつだ! そうだよなあ。そうそう出せるわけないものなあ」

 だが、リカルドがすがったその結論は見事に覆された。

 続く戦闘でも、カレブは綺麗に敵の急所を射抜いて見せたのだ。
 戦闘に参加する気はなかったが、リカルドをいい気にさせておくのは嫌だったらしい。

「ねえ、これもビギナーズラック?」

 カレブはにっこりと笑った。

「かわいくねえ・・・」

 ぎりぎりとリカルドは歯軋りした。

「手投げナイフを買ってやったほうがいいかもしれんな。短剣はこのように使う物ではない」

 いたってまともなグレッグの意見が、何故かひどく場違いなように聞こえた・・・・・・