第一撃は、真っ先に駆けつけたリカルドの突きだった。 女騎士に襲いかかっていたゾンビは、その膨れた腹に打撃をうけ、無様に床に転がった。 「生きてるか!?」 女騎士は突然の助太刀にやや呆然としながらも、己の前に仁王立ちするリカルドの背に頷いた。 「は、はい。ありがとうございます」 「無謀だぜ、あんた。こんな所に女一人で」 シュッと走る銀光が二筋。 右と左から異なる刃を受け、ゾンビの一角が崩れた。 「無謀はあんただ。一人で飛び込んで」 カレブが大げさにため息をついた。 二人の攻撃を同時に受けたゾンビは、ボロボロの土塊へと変わっていく。 見れば、カレブの手にした短剣が、不可思議な輝きを放っていた。 「戦士さん、あなたも剣をかざして」 二人の後ろから、ミシェルが声をかける。 「わかった。頼むよ」 リカルドは素直に剣をかざし、その間、カレブとグレッグが不死者へ攻撃を重ねる。 戦いの邪魔にならない場所までしりぞいた女騎士は、カレブ達の連携攻撃に目を見張るばかりだ。 魔法の輝きを宿した長さの異なる刃が、ゾンビ達の只中で舞踏する。 「お眠りなさいな」 とどめとばかりにミシェルが放ったティールの魔法が、完全にゾンビ達を沈黙させた。 カレブは短剣を鞘へと戻しながら、優秀だな、と内心舌を巻いた。 「ありがとう。とても助かる」 唐突ともとれるカレブの礼に、ミシェルは穏やかな笑みで応えた。 カレブはクスリと笑うと、女騎士へと視線を向けた。 「もう心配はいらないぜ。不死者はいない」 剣を抱きしめていた女騎士は、目をふせながら頭を下げた。 「ありがとうございます」 短すぎる蜂蜜色の前髪が、サラサラとゆれる。 「どうして、一人でこんなところに・・・」 「人を、捜しています」 新緑の瞳にひたと見つめられて、リカルドは顔を赤くした。 ミシェルもエルフゆえにかなりの美しさだが、それはどことなく絵のようで、現実味をともなわなかった。だが、女騎士の美しさは、直接リカルドの脳を刺激した。本能が、掛け値なしの美人だと告げる。 「あ、ああ、そうか」 顔を赤らめながら、呆けたようにそう答えるリカルドに、カレブはツカツカと近寄ると、力いっぱい尻をつねり上げた。 「痛たたたたたた!」 涙目になりながらカレブを睨みつけるが、彼女は気にしたようすもなく、サラに話しかけている。 「どうした、サラ。治してやらないのか。だったら、先に進むぞ」 イライラしたカレブの声に怯えながら、サラは答えた。 「あの、あちこちたくさん怪我をしているみたいで、治そうとしたら、魔法を使いきってしまいそう」 つまり、高度な癒しの魔法が使えれば一度ですむ治療を、初歩的な魔法しか使えないサラは何度も詠唱して、治さなければならないらしい。 「役立たず!」 叫ぶカレブと、泣きそうになるサラを見て、女騎士は首をふった。 「かまいません。捨て置いてください」 「そうもいくまい」 黙って話を聞いていたグレッグが、女騎士にスッと小瓶を差し出した。 ハッとして、リカルドがグレッグを見た。 相変わらず甘い連中だと思ったが、カレブはなんとか沈黙を守った。 小瓶を両手で受け取って、女騎士は栓を抜いた。 「飲んで」 言われるままに、液体を飲み下す。 「これは?」 驚いた女騎士が、グレッグに尋ねる。 だが、それよりも早くミシェルが口を開く。 「スライムの粘液ね。バブリースライムの粘液は、生きている時は人に害しかもたらさないのだけれど、死ぬと人の傷を癒す物質へと変化するの。面白いわよね」 優しい声色で語られた、やや優しくない内容が、その場の空気を凍りつかせた。 「スライムの、粘液・・・?」 女騎士は、おそるおそる、握り締めた小瓶を見つめた。 「ええ、スライムの」 ミシェルは笑顔で頷く。 女騎士の顔から、スウッと血の気が引いていく。 「あ」 四人が見守る中、女騎士は意識を失った。 |
「ごめんなさい」 グレッグがもっていた気付けの酒を飲まされて、意識をとりもどした女騎士は、頬を赤らめながら謝罪した。 「いいの、気にしないで。こっちも悪かったんだし」 サラは笑顔で女騎士にそう言った。 カレブは、むっすりとして女騎士を見つめる。 「助けたかわりと言っちゃなんだが、聞きたい事がある」 「どうぞ」 女騎士は頷いた。 「その前に、ひとつ確認。あんたは、ドゥーハンの王宮騎士? 随分といい鎧を着こんでいるけれど」 「いいえ。わたしは、グレース。家を捨てた、ただの剣士です」 「グレース?」 聞き覚えのある名だな、とカレブは思った。 「グレース・・・」 それはリカルドとサラも同じなのか、彼女の名前を口の中で転がしている。 「グレース=ザリエル? 白百合の、美姫・・・」 この間の夕食の時に、話題に上った名だと、カレブは思い出した。 「・・・家名は、捨てました。その、二つ名も」 それ以上は聞いてくれるな。 「わかった。それじゃ、次の質問だ」 淡々とカレブはそう言った。
「カレブ?」 リカルドに名前を呼ばれて、カレブはハッと我に返った。 「この階層で、ドゥーハンの兵士達に会わなかったか?」 「会いました」 言葉少なにグレースは答える。 「その中に、女僧侶はいたか」 「いた、と思います」 記憶をたどるように、ゆっくりとグレースは言葉をつむいだ。 「どこで会った?」 「彼らは、第一回廊から第四回廊を巡回しているようです。吹雪で迷宮にとどまっていたわたしを、安全な部屋へと案内してくれました」 「安全な?」 カレブは呆れて、元はゾンビだった大量の土塊を見回した。 「・・・じっとしていられなくて・・・、あの人の声が聴こえたような気がしたから」 恥ずかしそうにグレースはそう言った。 「お転婆な姫君だな」 「お前が言うな、お前が!」 リカルドがカレブの頭を軽く小突く。 「お姫様、転移の薬はもっていないのか。ないのなら、俺のをやる。帰ったほうがいい」 「いえ、わたしは」 断ろうとする彼女に、リカルドは微笑んだ。 「あんたに渡したい物があるんだ。死なれたら、渡せなくなる」 あわわ、とサラは顔を青ざめさせた。 「ですが」 なおも断ろうとするグレースに、リカルドは言葉を重ねた。 「シラスの民の献上物だと思って欲しい」 グレースの目が見開かれる。 「あなたは、シラスの?」 「ああ」 しばしの逡巡の後、グレースは頷いた。 「わかりました」 リカルドは、グレースに転移の薬を手渡した。 グレースは、転移する直前まで迷宮の奥を見つめていた。 「・・・彼女も、この迷宮の哀れな囚人」 ミシェルが小さく呟くが、カレブは聞いていなかった。 リカルドの腕をむんずと掴み、投げ飛ばす。 空中でくるりと半回転したリカルドは、びしゃんと床にたたきつけられた。 「この、女たらし!!」 予想通りの結末に、サラとグレッグは顔を見合わせ、たまらず笑い転げた。 |