「え、一緒に?」

 そう言ったカレブの声に、戸惑いと、かすかな期待がこめられているのを、サラは敏感に感じ取った。
 カレブは微かに頬を染めて、神秘的な雰囲気のエルフの娘を見つめている。

「ええ、よければ。不死の魔物と戦うのに魔術師の力が必要ではなくて?」

「そりゃあ、ありがたい!」

 リカルドが呑気にこたえた。

「かまわないのか」

 グレッグは気遣うように尋ねる。

「どちらにせよ、吹雪がやむまで街へ戻れはしないもの」

 エルフの娘、ミシェルは優しく微笑んだ。
 がらにもなく、グレッグの頬が赤く染まる。

 サラは、ここが迷宮の中だという事を忘れて、叫んだ。

「だったら、転移の薬で戻ればいいでしょう!」

 ミシェルは振り返ると、笑みを浮かべたまま答えた。

「わたし、薬は使ってないの。・・・しっかりと、この大地を踏みしめていたいから」

 そう言って、ミシェルはくるりと回る。
 空気を愛おしむように。大地に甘えるように。

「・・・エルフってわからない」

 危険をさけて、転移の薬を使ったほうが賢いではないか。
 何を好きこのんで、こんな荒れた地を歩かねばならないのか。

 だが、プリプリするサラを尻目に話は勝手に進んでいく。

「ぼく達、ドゥーハン兵の援護に当たらないといけないんだけど・・・」

「まあ」

 一瞬、ミシェルの目が大きくなる。

「大切な役目をおおせつかったのね。わたしも協力できればうれしいわ」

「随分と乗り気ね。褒賞が目当て?」

 意地悪くサラは笑った。

「サラ」

 リカルドとグレッグは慌てたが、言われたミシェルは気にした様子もなく答える。

「いいえ。わたしは、この子の役にたちたいだけよ」

「どうして、そんなによくしてくれるの?」

 疑問に思って、カレブは尋ねた。
 何故か、どうしても、彼女の前ではいつもの調子が出ない。
 怒鳴ってはいけないような、とても懐かしいような・・・
 青緑の瞳に見つめられると、心が丸裸になってしまう。

「どうしてかしら」

 細い指を桜桃色の唇に当て、悪戯っぽくミシェルは微笑んだ。
 そのまま、ミシェルはスッと歩き出す。

「あ」

「いずれ、話すわ」

 追いかけようとするカレブを、サラが止めた。
 そして、手でリカルド達を追い払う。

「ちょっとちょっと、カレブ君! いつもの調子はどうしたのよ! あんな事を言われたら、「時間の無駄だ。今話せよ」って冷たく言うのがカレブ君でしょー?」

「うるさいなあ」

 肩をつかむサラをカレブはうっとうしそうに睨みつけた。

「ぼくの勝手だろ」

 そう、これ。これがカレブ君。
 いつも通りの態度が嬉しく、そして腹立たしい。

「ねえ、本当に一緒に行くの?」

 カレブはしばらく考え、頷いた。

「優秀な魔術師が一緒にいたら、それだけ生き残れる確率が高くなる。ぼくは死にたくないから、申し出は受ける」

 サラは唇をかみ締めると、ミシェルが現れた時から不安に思っていた事を口にした。

「じゃあ、わたし、クビ?」

 くしゃんと眉を寄せ、今にも泣きそうな表情だ。
 見知った人のいないドゥーハンで、やっと出来た自分の居場所を、サラは失いたくなかったのだ。

 少し陰のあるグレッグと、優しいリカルド。それにこの捨てられた子猫のような少女。少しずつ仲良くなって、心に触れて。このまま行けば、なんだかいい関係が築けそうだった。なのに、それが、中途半端な形で終わろうとしている・・・

「だって、あの人はわたしが時間をかけてしてきた事を、一瞬でこなしてしまうのだもの」

 コツッと靴音がした。
 いつのまにかうつむいていた顔をあげると、カレブが歩き出している。

 ああ、やっぱりクビなんだ、とサラは思い、じわりと涙を浮かべた。

「さっさと来い。相変わらず奇想天外な事を考える奴だな。あんたには、散々苦労をかけられたんだから、もっと働いて返してもらわないと、割りにあわない」

「え?」

 ぱちぱちと瞬きしてカレブを見る。
 サラがついて来る気配がないので、カレブはふりかえった。

「いいから、早く来いっ!」

「は、はいっ」

 怒鳴られていそいそとサラはカレブを追う。

 カレブの少しとがった耳の先端が、ほんのり赤く染まっていた。

 さっきの台詞が、どうやらカレブお得意の照れ隠しだと気づき、サラは嬉しくなった。
 こだわっていた何かが、スッと溶けていく。

 ミシェルの前での彼女も、自分の前での彼女も、同じカレブ。どちらも「カレブ」なのだ。
 だったら、それでいいではなないか。

「それに・・・」

 ふふっとサラは笑った。


 ミシェルは、このカレブ君を見られないんだよね。こーんなに、可愛いのに!


 さっきまでの落ち込みぶりはどこへいったのか、サラ軽い足取りでカレブ達を追った。
 そのサラの肩に、ふわりと黒い影が降りた事に、誰も気づきはしなかった。