目を覚ましたカレブは、ゆっくりと身体を起こした。 「・・・・・・戻ってきたのか」 呟いて、宿のごわごわした毛布をそっと撫でた。 「悔しいけれど正解、かな。頭に血がのぼっていたから」 視線をめぐらせると、机の上に身につけていた武器やら防具やらが置かれていた。 「・・・リカルドじゃないだろうな」 言った途端、ゾクッと寒気がした。 素早くボタンを留めながら、カレブは立ち上がった。 鎧戸がガタガタと激しく揺れている。 カレブは、時間を知るために、外へ出ようとした。 開いた隙間にリカルドの背中が見えた。 「起きたか」 「何やってるんだよ・・・」 既視感に捕らわれ、カレブは口元をゆがめた。 リカルドが立ち上がったので、カレブは扉を開けた。 「カギ、かけられないからさ。不埒な奴が侵入しないようにと思って」 リカルドの言葉にカレブはため息をついた。 「馬鹿か、あんたは。主人に言って、マスターキーを借りればいいだろ」 「そうか、その手があったか」 呑気にリカルドは笑う。 これからまだもうしばらく、この男と付き合わねばならない・・・・・・。大変だろうな、と容易に想像がつき、カレブはズキズキと頭を痛めた。 「装備、外したのは・・・」 「ああ、それは、サラ。俺がやる訳にはいかないだろ」 慌ててリカルドが言う。 「そう。命拾いしたね、リカルド」 カレブの青い瞳が一瞬煌いて、リカルドは冷や汗を流した。 「今、何時くらいだろう」 「もう、だいぶ夜も更けた。迷宮から帰ってきて、かれこれ五時間だ」 「そんなに」 随分眠っていたものだと、カレブは目を細めた。 「腹、すいてねえか? サラ達はもう済ませたんだけど」 「ん・・・、あんまり、食欲ない」 「そうなのか? また、気分が悪い?」 リカルドの手が額に向かって伸びてきて、カレブはビクリと身を引いた。 「そんな警戒するな。熱があるかな、と思っただけだから」 「熱は・・・、ないよ」 顔をそむけたまま、カレブは答えた。 「ここは、冷えるから。ひとまず、ロビーの暖炉のところまでいくか」 リカルドは、カレブの返事を待たずに身を翻した。 ロビーに人気はなかった。 娘は二人に気がつくと、にこりと微笑んだ。 「冷えますね。どうぞ、暖炉のそばに。薪は充分用意してありますから、この吹雪でも心配はいりませんよ」 「吹雪?」 カレブがリカルドに尋ねる。 「ああ。三時間ほど前からかな。帰ってきた後でよかったぜ。巻き込まれていたら、遭難するところだった」 リカルドは、カレブを暖炉の前の椅子に座らせ、自分もその向かいの椅子に腰をおろした。 「そんなに、ひどいのか」 「ああ。こうやってな」 言って、リカルドは両手を差し出した。 「かざした自分の手が見えない。このまま吹雪がやまなかったら、明日はここから動けないだろうな」 「なっ・・・」 カレブは絶句する。 「だから、グレッグも今日はこっちに来てる。連絡、取り合えなくなるからな」 「・・・そう」 答えながらも、カレブは上の空だ。 「焦るな。天候には勝てねえよ。それに、迷宮は逃げやしないさ」 「どうぞ」 湯気の立つカップが、カレブの前に差し出された。 「ハッカ茶です。温まりますよ」 「ありがとう」 カレブは礼を言って、カップを受け取った。 娘は、リカルドにもカップを渡すとカウンターに戻り、『御用の方は鳴らしてください』とかかれた札をたて、呼び鈴をその傍に置くと、奥へとひっこんだ。 その場には、完全にリカルドとカレブだけになる。 ハッカ茶と、暖炉の炎で身体を温めながら、カレブはポツリと呟いた。 「明日には、吹雪、やむかな」 「・・・わかんねえ。ただ、今まで三日以上吹雪が続いた事はないから。長くて、三日じゃないかな」 「三日」 カレブは、唇をかみ締めた。 「一人で、飛び出したりするなよ」 険しい顔をするカレブに、リカルドは釘をさす。 「そんな事はしないよ。そこまで、馬鹿じゃない」 「そっか、なら、いいけど」 ズズっ、とリカルドは茶をすする。 「そう言えばさあ」 「うん?」 「お前と怒鳴らずに話をするのって、初めてかもなあ」 バチッと薪が爆ぜる音が響いた。 「そうかもね」 ユラユラと揺れる赤い炎を見て、カレブは続けた。 「不思議。心が弱っているからかな。それとも、このお茶のせいかしら。なんだか、怒鳴る気にならないの」 カレブの口から自然と零れた女らしい言葉づかいに、リカルドは目を丸くした。 「・・・・・・今日は、いろんな事があったわね」 本当に、朝から大騒ぎの一日だった。 「だな」 相槌を打って、リカルドは笑みを零す。 とんだ騒ぎから始まった一日は、それにふさわしくない緩やかな終わりを迎えようとしていた。 |