八ヶ月前に、突然空から降り注いだ閃光は、一瞬でこの国を壊滅させた。 おそらく、歴史に残るであろう大惨事・・・
王室の魔法実験の失敗だという噂や、神の怒りだという噂が広まったが、どれもこれも確証がない。はっきりしているのは、あの閃光によって、あまりにも呆気なく、そして唐突に、多くの人が死に、多くのものが滅んだという事だけ。
べノアの宝石と称えられた聖都も例外ではなく、詩人達が競って美しさを称えた都は、今、うら寂しい廃墟の街として、カレブの前にそっとたたずんでいる。
それでも、聖都に対する人々の思いは強いらしく、生き残った者達が、王国の各地から数多く集っていた。貧相だが、建て直された街の施設が、それらの人々を受け入れている。
一般市民の他に、「冒険者」と呼ばれる者達の姿もあった。
奪い去り、破壊するだけだった閃光が、たったひとつもたらしたもの、それが迷宮。
王城の跡地に、これぞ新たなドゥーハン城だと言わんばかりに忽然と現れたその魔窟には、魔物どもが巣食い、恐ろしい魔法の罠があふれているという。
道行く冒険者達に視線を走らせ、カレブは呟いた。
「まあ、いずれにせよ、ぼくには関係のない事だけど」
・・・・・・だって、ぼくは生き延びるために、ここまで来たんだから。
このままでは、食糧不足になる事や、病が流行るだろうという事は、学の無いカレブにも良くわかった。せっかく、閃光を生き残ったというのに、未来は暗く冷たい。
だが、村人達は親切だった。 「・・・恨んじゃいないよ。ぼくが反対の立場でもきっとそうする。こんな状況なんだ。よそ者に回す食料の余裕はないもの。それに、ぼくは飢餓の怖さをよく知っているから・・・」
ひとりで生きていこう。 親切だった村長の奥方の涙を見た時、カレブはそう思った。 しかし、カレブは苦笑する。 村を出たカレブは、各地を転々とし、スリをしながら生計を立ててきた。 カレブは、表情を改め、小さく咳払いすると、廃墟の街を行き交う人々の間を歩き始めた。 「これだけ人がいれば、充分だ。これでこそ、あの雪原を突破したかいがある」
ひとり頷き、カレブは「仕事」にとりかかった・・・・・・ |
ドゥーハンの人達は、意外に思えるほどに、金貨を持っていた。
先立つ物が出来たカレブは、身体の欲求にこたえ、休息と食事をとる事にする。
なんて豊富な食糧なんだろう。
半ば呆れて、カレブは酒場を見渡した。
さすがに、新鮮な魚介類や果物の姿はないが、今ではとても口にする事が出来ないような食事の数々が運ばれていく。 カレブを助けてくれた村の食事事情とは、雲泥の差と言えた。 野菜と干し肉を煮込んだシチュウの香りに、また、カレブの腹が鳴った。
イヤだな、近くの人に聞かれたかしら。
カレブは顔を赤くして、キョロキョロと辺りを見回した。
情けない悲鳴をあげるすきっ腹をなんとかすべく、カレブは空いた席を見つけ、腰掛ける。
「月夜亭へようこそ。ご注文は?」
「・・・・・・」
カレブは、口をぱくぱくさせていた。
腹がすきすぎておかしくなった訳でも、可愛らしい給仕娘を見て感動したわけでもない。
ほとんど全ての料理の金額が修正されていた。
「ね、ねえ。この値段、間違いじゃないよね?」
ひきつった笑みを浮かべながら、娘に尋ねる。
娘はこういった質問に慣れているのか、少し困ったような笑みを浮かべると頷いた。
「あの閃光で何かと品不足ですので。ここの食料も、王室からのほどこしでなりたっておりますの。ご理解くださいませ」
ああ、それで。
正直な所、席を立って出て行きたかったが、若い健康な身体は、それを許してくれそうになかった。
カレブが複雑な顔するのを見て、給仕娘はそっと囁いた。
「あの、一番安いシチュウをお持ちしましょうか? すこし味は落ちますけど、量はありますよ。後、レモネードがオススメなんです。身体が温まりますよ」
きょとんとして給仕娘を見る。
にこにこと彼女は微笑んでいた。
「・・・じゃあ、それをお願いできる?」
考えるのがめんどくさくなったカレブは、給仕娘の提案を受け入れる事にした。
「はい。お待ちくださいませ」
去っていく給仕娘を見送って、ため息をつく。
「やれやれ、やっとふところが暖かくなったと思ったのに。一度の食事で、宿代がパアだ・・・・・・」
「こりゃあ、大急ぎでたいらげて、もうひとふんばりするしかないかな」
カレブは苦笑する。
この後、とんでもない事態が起こるなどとは、露ほども知らずに。 |