異世界ロマンティックラブコメディ







LOVE4 姫君の宴

 常若の都の王子、アーネストの花嫁候補を歓迎する宴が、城の大広間で賑やかに開かれていた。

 広間の一角には晩餐の料理をのせた卓がズラリと並び、食欲を刺激する匂いを漂わせている。焼き物、煮物、揚げ物、パンにチーズに、スープ、デザートにいたるまで、それぞれが大皿に数種類ずつ用意されており、踊り疲れた者が、好みの料理を好きなだけ取り分けられるという寸法だ。アーネスト王子は、着席する本式の晩餐よりもこの気軽さを好むとのことだった。

 楽しそうに料理を皿に盛る人々の向こうでは、踊りの輪が広がっている。

 美しい衣装に身を包んだ貴婦人や青年が手をつなぎ、向きをかえ、不思議な音楽に合わせて優雅で楽しいステップを刻んでいた。色水晶を使った豪華な照明の輝きが、彼らの衣装の上で揺れる。

 音楽を演奏しているのは、うさぎの楽団だ。ヒゲをひっぱり、空いたもう片方のフカフカした手をそれにすべらせれば、賑やかなメロディが広がる。さしずめヴァイオリンや竪琴のかわりといったところだろうか。

 ゆかりは、それらの様子を少し離れたバルコニーから見つめていた。普段は優しい目つきが今は幾分キツイ。

 だが、誰もそれを責めることは出来ないだろう。自分とよく似た男に彼氏をとられた挙句、王子さまの花嫁として金欠の魔法使いにどことも分からぬあやしい国につれて来られ、歓迎の宴がはじまる夜半すぎまで、城の一角に丁重に軟禁されたとなれば。

 ――王子さまなんて、大嫌い!

 ゆかりは恨みをこめて心の中でつぶやいた。

 本来ならこの宴は、夕刻から始まる予定だったのだ。ところが、白馬狩りに出かけた王子の帰還が遅く、結局宴の開始は夜半過ぎからとあいなった。さまざまな心労が重なった挙句、すきっ腹をかかえるハメに陥ったゆかりは、いたって機嫌が悪い。人間、誰しも空腹になれば、怒りっぽくなるものである。元凶となった王子をゆかりが恨んだとしても、許されるのではないだろうか。

 ゆかりは、本日何度目になるかわからないため息をついて、自分がまとっている衣装に視線を落とした。

 軟禁されている間、ゆかりはぼんやりしていたわけではない。城の侍女達にせかされて風呂に入り、爪を磨き、髪をくしけずって、身支度を整えた。

 さらに、侍女達が運んできた衣装箱と宝石箱の中から、宴用の衣装と装飾品を選び出したのだ。

 ゆかりは最初、衣装などどうでもよかったのだが、三箱目の衣装箱と共にやってきた魔法使いのギィに、いけませーん! と叱られれてしまった。

 ギィはゆかりの手をとって、熱心に言った。

「いいですか、ゆかりさん。衣装選びは王子妃の大切な仕事です。これで、あなたのセンスがためされるのですよ。他の二人に負けたくないでしょう?」

 他の二人、とはゆかり以外の花嫁候補のことだった。
 そう、占いによって探し出された運命の姫君は、ゆかりだけではなかったのだ。
 ゆかりと同じように、魔法使いに伴われてこの国へとやってきた異界の少女が二人いた。

 眼鏡をかけた中年の女魔法使いに連れてこられた漆黒の髪の娘ナンと、少々太り気味の魔法使いに連れてこられた小柄な少女モイラ。

 ナンは、和装と洋装が混じったような不思議な服を着た思慮深そうな落ち着いた美人で、モイラはオレンジ色と表現するより他はない派手な色の髪を三つ編みにしていた。元気のよさが体中からあふれ出すかわいらしい少女だ。

 二人はゆかりと同じ境遇であるはずなのに、ずいぶんとゆかりとは心構えが違っていた。目玉焼きの太陽だの、直立するオットセイの車掌だのにゆかりは大いに混乱して、王子どころの騒ぎではなかったのだが、彼女達は王子の花嫁になる意欲にあふれていたのだ。

 おろおろするばかりのゆかりを見るナンとモイラの目には、確かなあざけりの色があった。

「べ、別に、負けたっていいもん……」

 二人の花嫁候補達を思い出し、唇をとがらせながらゆかりが言うと、ギィはくわっと目を見開いた。

「いけません、だめです、許しません! いいですか、ゆかりさん以外の人が選ばれたら私は王宮の魔法使いになれないんですっ。そうなると、パンがっ、パンがああああっ……。ゆかりさん、お願いです。どうか、私のために、衣装を調えてください。ほら、その水色のドレスなんてよさそうですよ?」

 こうして、ギィに半ば泣き落としされる形で、ゆかりは衣装を選ぶはめになった。
 ああだこうだと言うギィがうっとうしかったが、それなりにドレスを選ぶのは楽しかった。

 ゆかりはミルク色のドレスと、真珠を身につけることにした。以前に、彼氏の……、元彼氏の瑞貴がゆかりによく似合うと言った色だった。

 身頃はすっきりと身体のラインにそっており、たっぷりとしたスカートがウエストからふんわりと広がっている。シルエットと袖口に並んだリボンの飾りがかわいらしくて、ゆかりはとてもこのドレスが気に入ってしまった。我ながら自分の雰囲気によく合っているのではないか、と思う。

「瑞貴君に見てもらいたかったなあ……」

 かなわぬ事とは思いながら、ゆかりは一人つぶやいた。乙女心のいじらしさというヤツである。

 ゆかりのその呟きが聞こえたのか否か、人ごみをかきわけて滑るようにギィがやって来た。

「ゆかりさん、こんな所でなにしてるんです? だめじゃないですかあ、彼女達みたいに周りの人にもっとアピールしなきゃ」

 ギィが指さす方向には、ナンとモイラが人々に囲まれて楽しそうに歓談していた。
 ナンの美しさは人々の賞賛を、モイラのはつらつさは人々の微笑を誘う。

「いいの。わたしは先に食欲を満たすんだから」

 ゆかりはそう言って、手にしていたサンドイッチにかぶりついた。
 なにやら見たことがない野菜と肉がはさんであったが、すきっぱらになんとやら。ゆかりはぺろりとサンドイッチをたいらげてしまった。

「ああああ、ゆかりさんは、私の事が嫌いなんですねー!」

 ギィは長い砂色の髪をかきむしって嘆いたが、トレイをもって行きかう給仕を呼びとめグラスを受け取ると、それをゆかりに差し出した。大ぶりのグラスの中身は、色からさっするにオレンジジュースらしい。

 ちょうど、何か飲み物がほしいなと思っていたゆかりは、素直にグラスをうけとった。

「人ごみは暑いですし、喉がかわきますからね」

 にっこりとギィが優しく微笑む。その心遣いが嬉しくて、ゆかりは初めてギィに礼を言った。

「ありがとう」

 ギィは目をまるくして、しきりに照れていた。
 ゆかりはくすりと笑うと、グラスを口元に持っていった。
 その瞬間、グラスの中身の色が変わる。

 オレンジから、琥珀へと。

「あっ!」

 ギィが声をあげるが、もう遅い。
 ゆかりは飲み物をごくりと飲み下してしまった。

 とたんに、カーッと喉がやける。

 グラスの中身はジュースから酒になっていた。

 せきこむゆかりの背を撫でながら、ギィが注意する。

「ゆかりさん、ダメですよ。飲み物は素早く飲まないと、味がすぐに変わりますよ。一口ごとに変化があって、楽しいんですけどね〜」

「し、知らないわよ、そんな滅茶苦茶な飲み物っ!」

 顔を酔いと怒りで紅潮させ、ゆかりは叫んだ。

「滅茶苦茶じゃないですよう。いたって常識です」

 異世界の常識をふりかざされてたまるものか! と、ゆかりは目を細めた。
 剣の刃のように細くなったゆかりの半眼に、ギィはおびえる。

 と、その時、高らかにラッパの音がなり響いた。
 本当は、ラッパではなく勢ぞろいしたフラミンゴの口笛なのだが、ゆかりはその光景を強引に視界から消去した。

「や、王子さまのご登場ですよ」

 人々のざわめきに釣られるようにして大広間の扉に視線をやると、ゆかりはにわかに信じられないものを見るはめになった。

「おう、じ、さま?」

 感動で物が言えなくなったわけでなない。

 ツカツカと靴音を響かせ、銀糸の刺繍のマントを翻しながら歩く王子を、ゆかりはひたと凝視する。

 はちきれんばかりの筋肉が、銀と青の衣をまとって歩いている。そうとしかゆかりには思えなかった。

 そして、そのりりしい口元には、口ひげ……、そう口ひげが……。

 ゆかりの中で何かがはじけた。今日体験した全ての不幸と混乱が津波のように押し寄せる。

 ゆかりは、けたたましい笑い声をあげると、酔いも手伝って卒倒した。

 三日月形の笑いに硬直したゆかりの唇をみて、ギィが悲鳴をあげる。

「ゆ、ゆかりさーん! 死なないでーーー! 私のパンがー!」

 こうして、なんとも騒々しく、常若の都の夜は深みをましていった。


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