第一撃は、真っ先に駆けつけたリカルドの突きだった。

 女騎士に襲いかかっていたゾンビは、その膨れた腹に打撃をうけ、無様に床に転がった。

「生きてるか!?」

 女騎士は突然の助太刀にやや呆然としながらも、己の前に仁王立ちするリカルドの背に頷いた。

「は、はい。ありがとうございます」

「無謀だぜ、あんた。こんな所に女一人で」

 シュッと走る銀光が二筋。

 右と左から異なる刃を受け、ゾンビの一角が崩れた。
 汚らしい体液を撒き散らしながら倒れるゾンビの向こうに、それぞれの得物を構えたカレブとグレッグが立っている。

「無謀はあんただ。一人で飛び込んで」

 カレブが大げさにため息をついた。

 二人の攻撃を同時に受けたゾンビは、ボロボロの土塊へと変わっていく。

 見れば、カレブの手にした短剣が、不可思議な輝きを放っていた。
 グレッグのダガーにも同じ輝きが満ちている。

「戦士さん、あなたも剣をかざして」

 二人の後ろから、ミシェルが声をかける。
 どうやら、彼女がカレブ達の武器に魔法をかけたらしい。
 これで、不死者達と互角に渡り合えるはずだ。

「わかった。頼むよ」

 リカルドは素直に剣をかざし、その間、カレブとグレッグが不死者へ攻撃を重ねる。
 サラも負けじと、ディスペルの祈りをささげた。

 戦いの邪魔にならない場所までしりぞいた女騎士は、カレブ達の連携攻撃に目を見張るばかりだ。

 魔法の輝きを宿した長さの異なる刃が、ゾンビ達の只中で舞踏する。
 彼女の見知った優雅なダンスではない。血と死の香がする危険な踊りだ。

「お眠りなさいな」

 とどめとばかりにミシェルが放ったティールの魔法が、完全にゾンビ達を沈黙させた。

 カレブは短剣を鞘へと戻しながら、優秀だな、と内心舌を巻いた。
 この戦い、ミシェルは高等魔術を使っていない。魔力を温存させるため、戦士達に戦いをまかせ、初等の魔術で援護するにとどめている。なにも、強力な魔法を使うだけが、魔術師の仕事ではないのだ。

「ありがとう。とても助かる」

 唐突ともとれるカレブの礼に、ミシェルは穏やかな笑みで応えた。
 唇に指を当て、首をふる。
 礼はいらない、という事らしい。

 カレブはクスリと笑うと、女騎士へと視線を向けた。
 すわりこんでしまっている彼女に、リカルドが優しく声をかけ、サラが負傷の具合を調べている。グレッグは、無言であたりに気を配っていた。

「もう心配はいらないぜ。不死者はいない」

 剣を抱きしめていた女騎士は、目をふせながら頭を下げた。

「ありがとうございます」

 短すぎる蜂蜜色の前髪が、サラサラとゆれる。
 綺麗なのにもったいないな、とリカルドは呑気な事を考えた。

「どうして、一人でこんなところに・・・」

「人を、捜しています」

 新緑の瞳にひたと見つめられて、リカルドは顔を赤くした。
 よくよく見れば、女騎士はかなりの佳人だった。
 抜けるような白い肌に、すっと通った鼻筋。ふっくらとした珊瑚色の唇は、思わず触れたくなってしまう。

 楚々とした雰囲気は、白百合を連想させた。
 血なまぐさい迷宮は、彼女には似つかわしくない。

 ミシェルもエルフゆえにかなりの美しさだが、それはどことなく絵のようで、現実味をともなわなかった。だが、女騎士の美しさは、直接リカルドの脳を刺激した。本能が、掛け値なしの美人だと告げる。

「あ、ああ、そうか」

 顔を赤らめながら、呆けたようにそう答えるリカルドに、カレブはツカツカと近寄ると、力いっぱい尻をつねり上げた。

「痛たたたたたた!」

 涙目になりながらカレブを睨みつけるが、彼女は気にしたようすもなく、サラに話しかけている。

「どうした、サラ。治してやらないのか。だったら、先に進むぞ」

 イライラしたカレブの声に怯えながら、サラは答えた。

「あの、あちこちたくさん怪我をしているみたいで、治そうとしたら、魔法を使いきってしまいそう」

 つまり、高度な癒しの魔法が使えれば一度ですむ治療を、初歩的な魔法しか使えないサラは何度も詠唱して、治さなければならないらしい。

「役立たず!」

 叫ぶカレブと、泣きそうになるサラを見て、女騎士は首をふった。

「かまいません。捨て置いてください」

「そうもいくまい」

 黙って話を聞いていたグレッグが、女騎士にスッと小瓶を差し出した。
 中には、うす緑色のトロリとした液体が入っている。

 ハッとして、リカルドがグレッグを見た。
 グレッグは、女騎士を安心させるように微笑んでいる。

 相変わらず甘い連中だと思ったが、カレブはなんとか沈黙を守った。
 彼女から、アラベラの情報を聞き出さねばならない事を思い出したからだ。
 恩を売っておいて損はない。

 小瓶を両手で受け取って、女騎士は栓を抜いた。

「飲んで」

 言われるままに、液体を飲み下す。
 無味無臭のその液体は、ゆるゆると喉をおりていき、そして、ゆっくりとであるが、女騎士の怪我を癒していった。

「これは?」

 驚いた女騎士が、グレッグに尋ねる。
 グレッグは、傷薬だ、と答えようとした。

 だが、それよりも早くミシェルが口を開く。

「スライムの粘液ね。バブリースライムの粘液は、生きている時は人に害しかもたらさないのだけれど、死ぬと人の傷を癒す物質へと変化するの。面白いわよね」

 優しい声色で語られた、やや優しくない内容が、その場の空気を凍りつかせた。

「スライムの、粘液・・・?」

 女騎士は、おそるおそる、握り締めた小瓶を見つめた。
 脳裏を過ぎるのは、第一層をうごめく、暗緑色の粘液物質。

「ええ、スライムの」

 ミシェルは笑顔で頷く。
 それが、とどめだった。

 女騎士の顔から、スウッと血の気が引いていく。

「あ」

 四人が見守る中、女騎士は意識を失った。


 

 

「ごめんなさい」

 グレッグがもっていた気付けの酒を飲まされて、意識をとりもどした女騎士は、頬を赤らめながら謝罪した。

「いいの、気にしないで。こっちも悪かったんだし」

 サラは笑顔で女騎士にそう言った。
 もちろん、その後で余計な事を口走ったミシェルを睨むのも忘れない。
 ミシェルは肩をすくめ、会話に参加する意思がない事を告げた。

 カレブは、むっすりとして女騎士を見つめる。
 もう、随分と時間を無駄にしてしまった。

「助けたかわりと言っちゃなんだが、聞きたい事がある」

「どうぞ」

 女騎士は頷いた。

「その前に、ひとつ確認。あんたは、ドゥーハンの王宮騎士? 随分といい鎧を着こんでいるけれど」

「いいえ。わたしは、グレース。家を捨てた、ただの剣士です」

「グレース?」

 聞き覚えのある名だな、とカレブは思った。

「グレース・・・」

 それはリカルドとサラも同じなのか、彼女の名前を口の中で転がしている。
 ややあって、アッ! とサラが叫び声をあげた。

「グレース=ザリエル? 白百合の、美姫・・・」

 この間の夕食の時に、話題に上った名だと、カレブは思い出した。
 確か、サラの出身である北方の地の領主に嫁ぐ予定であったとか。

「・・・家名は、捨てました。その、二つ名も」

 それ以上は聞いてくれるな。
 こわばった表情が、そう告げていた。

「わかった。それじゃ、次の質問だ」

 淡々とカレブはそう言った。
 サラがやや非難じみた視線を向けてくるが、凍てつく冬の泉の瞳で黙殺する。


 触れて欲しくない過去は、誰にだってある。
 そう、ぼくにだって・・・


 ・・・・・・え?


 己の思考に、ギクリとする。

「カレブ?」

 リカルドに名前を呼ばれて、カレブはハッと我に返った。
 目を細めて、カレブは雑念を振り払った。そして、必要な情報を引き出し始める。

「この階層で、ドゥーハンの兵士達に会わなかったか?」

「会いました」

 言葉少なにグレースは答える。

「その中に、女僧侶はいたか」

「いた、と思います」

 記憶をたどるように、ゆっくりとグレースは言葉をつむいだ。

「どこで会った?」

「彼らは、第一回廊から第四回廊を巡回しているようです。吹雪で迷宮にとどまっていたわたしを、安全な部屋へと案内してくれました」

「安全な?」

 カレブは呆れて、元はゾンビだった大量の土塊を見回した。

「・・・じっとしていられなくて・・・、あの人の声が聴こえたような気がしたから」

 恥ずかしそうにグレースはそう言った。
 どうやら彼女は、案内された部屋を抜け出して迷宮を彷徨っているうちに、不死者の群れに出くわしたらしい。

「お転婆な姫君だな」

「お前が言うな、お前が!」

 リカルドがカレブの頭を軽く小突く。
 そのままカレブの頭をぐりぐりしながら、リカルドはグレースに話しかけた。

「お姫様、転移の薬はもっていないのか。ないのなら、俺のをやる。帰ったほうがいい」

「いえ、わたしは」

 断ろうとする彼女に、リカルドは微笑んだ。

「あんたに渡したい物があるんだ。死なれたら、渡せなくなる」

 あわわ、とサラは顔を青ざめさせた。
 カレブの顔から表情が消えたからだ。

「ですが」

 なおも断ろうとするグレースに、リカルドは言葉を重ねた。

「シラスの民の献上物だと思って欲しい」

 グレースの目が見開かれる。

「あなたは、シラスの?」

「ああ」

 しばしの逡巡の後、グレースは頷いた。

「わかりました」

 リカルドは、グレースに転移の薬を手渡した。
 彼女が中身を辺りに振りまくと、スウッとその身体から色彩が抜け落ちていく。

 グレースは、転移する直前まで迷宮の奥を見つめていた。

「・・・彼女も、この迷宮の哀れな囚人」

 ミシェルが小さく呟くが、カレブは聞いていなかった。

 リカルドの腕をむんずと掴み、投げ飛ばす。

 空中でくるりと半回転したリカルドは、びしゃんと床にたたきつけられた。
 息が出来ずにパクパクと口をあけるリカルドに、カレブが叫ぶ。

「この、女たらし!!」

 予想通りの結末に、サラとグレッグは顔を見合わせ、たまらず笑い転げた。