二階へと続く階段の前には、ものものしい警備がひかれていた。
 不可思議な香りの香が焚かれ、白い法衣をまとった僧侶や司教が一心に祈りを捧げている。

「死者鎮めの祈り、か」

 グレッグが小さく呟いた。

 ドゥーハンの僧兵達が、不死者の行進をとめようとしているのだ。
 だが、その静謐な空気も、吹きすさぶ死の風が汚していく。

「可笑しい」

 くすりとミシェルが笑った。

 その笑い声が聞こえたのか、ギラリとエルフの戦士がこちらを睨みつける。

「やめなさいよ」

 サラがミシェルの服の裾をひっぱった。
 彼らの必死の防衛線を笑うとは。ただでさえ張り詰めている神経を逆なでするようなものではないか。

「ごめんなさい」

 ミシェルはサラにあやまると、どこか皮肉そうなその笑みをひっこめた。

 可愛らしくておとなしそうなのに、意外と豪胆なのだ、とサラは思った。
 しかし、笑みと同時に表情そのものが消えうせ、それ以上彼女が何を考えているのか、読み取る事は出来なかった。

 怒りの目を向けていたエルフの戦士だったが、カレブに気づくとふと怒りの表情を緩めた。

「援護の任を受けた冒険者だな」

 カレブは頷くと、無言で通行許可証を差し出した。
 素早くそれに目を通しながら、エルフの戦士は口を開く。

「我らはここから動けない。下層へ行った兵士をよろしく頼む」

「まかせときなよ、スペンサーさん」

 にこやかにリカルドが答えた。

「リカルド。・・・それに、グレッグか。まさかお前達が一緒だとは」

 スペンサーと呼ばれたそのエルフの戦士は軽く肩をすくめる。

「我らでは頼りない、か」

 グレッグが苦笑する。
 スペンサーはしかめつらしい顔のまま、首をふった。

「いや。冒険者は短期間で成長する。俺はここでそれを知った。だから、お前達も以前のお前達ではないのだろう」

 リカルドとグレッグは顔を見合わせると、小さく笑いあった。

「お前が、ヴァーゴをいなした盗賊か」

「ああ」

 視線をすでに階段の下へと固定させ、カレブが頷く。

「通っていいか」

「許可証は確認した。以降は自由にこの階段を使うがいい」

「どうも」

 そっけなく答え、先へ進もうとするカレブの腕を、スペンサーが掴んだ。

「頼みがある」

 切羽詰ったその声に、カレブは足を止めると振り返った。

「ここにいる、という事はラディックに会ったのだな」

「そうだ。あの騎士に連れられてここに来たんだ」

「あいつは、なにか言っていたか」

 カレブはキョトンとして、スペンサーを見つめた。

「何かって・・・、無駄口を叩くなとか、気をつけろ、とか」

 おかしな事をきく男だ、とカレブは思った。
 スペンサーは難しい顔をして、何事かを考えている。

「相変わらず、硬いやつだ」

 スペンサーは苦笑すると、ひたとカレブを見つめた。

「では、これは俺からの個人的な頼みだ。ドゥーハンの兵士としてではない。マルス=スペンサーとして、ラディックの友としての個人的な・・・」

 腕にくいこむスペンサーの指をはがしながら、カレブは答えた。

「なんだよ」

「不死者討伐部隊の中に、あいつの恋人がいる。アラベラ、という女僧侶だ」

 カレブは目を丸くした。
 あの頭の固いラディックに、よもや恋人などというものがいようとは。

「行けるものならすぐにでも飛んでいって、助けてやりたいだろう。だが、あいつは、任務で持ち場を離れられない。どんな思いであいつが使者の役を引き受けた事か・・・」

「そんな事、ラディックさん一言も」

 思わずリカルドが口をはさむ。

「あいつは、そういう奴だ」

 出来れば、助けてやって欲しい、スペンサーはそう言った。

 しかし、カレブはクスクスと笑う。

 真剣に頼んでいたスペンサーは、気分を害した。

「何がおかしい」

 スペンサーの声が、自然と低くなった。

「いや、これであの人の行動理由がわかったと思ってさ。何が、「こちらが命を賭さねば、その言葉にいかほど耳を傾けてもらえようか」だよ。結局、自分の恋人が気になったからじゃないか」

 クスクスとカレブは笑い続ける。

 ピタリとスペンサーの剣がカレブの眉間に突きつけられた。

「やめろ。これ以上、あいつの忠誠を愚弄することは許さない」

「愚弄?」

 カレブはそう言うと、ふきだした。

「あんた達、ドゥーハンの兵士は、本当に真面目だね。まともに付き合ってると、肩がこる」

 スペンサーの剣が振り上げられる。

 アッ、とリカルドが息をのむが、それより早くグレッグのダガーが振り下ろされたスペンサーの剣を止めた。 スペンサーはグレッグを睨みつける。

「そこをどけ、グレッグ」

「どきはしない。確かにこちらに非はあろうが、それでも引かない」

 チッとスペンサーは舌打ちすると、忌々しそうに剣を引いた。

 くすりとカレブは笑う。

「馬鹿にされたと思ったんなら謝るよ。恋人のため、か。ふふ、いいね。そっちの方がわかりやすい。へたに使命だの、忠誠だのって言われるより、ずっとシンプルだ」

 スタスタとカレブは階段を降りる。

「お、おい!」

 眉をしかめたスペンサーが叫んだ。

「覚えておいてやるよ、アラベラだね」

 もはや姿は見えず、声だけが届く。
 あっけにとられ、スペンサーはカレブが立ち去った方を凝視した。

 何も言わずミシェルが続き、それに気づいたサラが慌てて追う。
 ダガーをおさめたグレッグは、スペンサーに一礼すると早足で階段を降りていった。

「なんなんだ」

 混乱気味にスペンサーが呟く。

 ポリポリと頬をかいていたリカルドが、スペンサーに近づいた。

「つまり、あんたの頼みを引き受けるという事なんだ」

 呆然として、スペンサーはリカルドを見た。

「今の、あれで、か」

「ああ。カレブはちょいとばかりひねくれ者なんでね。許してやって欲しい」

 どこが少しだ、とスペンサーは言い返したかったが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。
 かわりに、リカルドに哀れむような視線を向ける。

「いっしょにいると、疲れるだろう」

「そうか? そうかもな。でも、可愛いところもあるんだぜ」

 当のリカルドは、気にした様子もなさそうだ。

「行ってくれ。きつい戦いになると思うが、頼む」

 すっかりつかれきったスペンサーは、のろのろと階段を指差した。

「まかせておけよ。俺達のリーダーは、あんたの友情も、ラディックさんの忠誠と想いも裏切らない。口汚くののしりながら、やってくれるさ」

 楽しそうに笑いながら、リカルドは階段を降りていった。

 スペンサーは、カレブ達が通った事によって乱れた香を再び満たすように伝えながら、己は決して降りる事の出来ない階段を見つめた。

「願わくは、全ての者が無事に帰らん事を」

 彼の祈りは、死者鎮めの祈りにまぎれ、迷宮の空気に溶け消えて行った。