「うわわっ!?」
目を覚まし、身体を起こしたカレブは飛び上がって驚いた。 「目が覚めたか」 カレブは、無意識に胸を押さえた。 「ぼ、ぼく、死んだんじゃ・・・?」 「ああ、さっきまでは死んでいたな」 死んでいた・・・? はっとして、カレブはあたりを見回す。 二人がいたのは、寺院の一室だった。 「どこへ行く?」 祭壇から飛び降りたカレブの腕を、剣士が掴んだ。 「放せよ、人殺し! ぼくは寺院が死ぬほど嫌いなんだっ! こんなとこの空気なんて、吸いたくもない!」 腕をひねられ、カレブは悲鳴をあげる。 「その嫌いな寺院の僧が、お前を蘇らせた。感謝すべきだな」 「あ、あんたが勝手に・・・!」 「お前が盗みを働いたからだ」 「見ていたように言うんだね」 「ああ、見ていた。見事な手際だったな。お前が盗みを働いた者達の特徴を言ってやろうか」 剣士は、一人ひとりの身体的特徴を言い始めた。 「・・・・・・どうして、見てたの」 諦めたカレブは、自嘲めいた笑みを浮かべ、剣士に尋ねる。 「お前に、興味がある」 「興味?」 クスリとカレブは笑った。 醒めた目で、カレブは剣士をにらみつけた。 「生憎、ぼくはあんたに興味はない」 ふ、と剣士は笑う。 「お前の意思は関係ないが。まあいい。では、返してもらおうか」 「確かに盗みはしたけどね。でも、あんたからは盗っちゃいないよ」 「違うな。返してもらいたいのは、お前の蘇生にかかった代金だ」 ・・・・・・なんだって? そ、蘇生の代金なんて、い、いったい幾らかかると思ってるんだ!? ケチな盗賊のぼくに、払える訳ないじゃないか。 「そんな金、あるもんか」 「では、働いて返してもらおう」 カレブは、精一杯皮肉な笑みを浮かべてやった。 「盗みは、ダメなんだろ? だったら、ぼくは一文無しだ」 剣士は、カレブの服のそでをまくりあげた。 「な、なにするんだ!!」 カレブは、顔を赤くして叫ぶ。 「綺麗な筋肉のつき方だ。これなら、迷宮に入っても充分やっていけるだろう」 「迷宮? な、なに言ってるんだよ」 嫌な予感が、した。 「来い。仕事をさせてやろう」 「は、放せ、放せよーっ!!」 カレブは、剣士に引きずられるように、寺院を後にした・・・・・・ |
どうなってるんだ。
いったい、どうしてこんな事になったんだ? カレブは、呆然として、酒場の椅子に腰掛けていた。 すっとカレブは視線を外した。 凍りついた泉のような瞳。 ぼくは、あの瞳を知っている。 「この街で今、一番手っ取り早く、そして正規に金をかせぐには、依頼を受ける事だ」 剣士は、冷たい表情のまま話し始めた。 「あの閃光以来、失ってしまった夢や、大切な思い出。それらを取り戻す為に、人はこの酒場に依頼を出す。数ある依頼の中でも多額の報酬が得られるのは、迷宮が絡む物だ。私がお前の為に受けてきてやったのも、そういった類の依頼になる」 剣士は、喋りながら片手を挙げた。 近づいてくる、一つの気配。 「依頼を受けてくれたそうだな」 静かにそう言ったのは、一人の忍者だった。 冒険者の職業の中でも、侍とならんで特殊な職・・・、忍者。 だが、カレブは忍者を一瞥すると、フン、と心の中で嘲笑った。 気配を感じさせるようじゃ、忍者失格だね。 わざとあくびをし、興味がないという事を二人に伝える。 彼の話を抜粋すると、こうなる。 彼・・・、グレッグ=メランドは、忍者としてしてはならぬ事をしてしまったらしい。 「運良く他の冒険者に助けられ、命を拾いはしたが・・・、生き恥をさらす事になった。今の私はただの負け犬だ。忍者ではない・・・」 グレッグの声には、深い悔恨が滲んでいた。 「あの時抱いた恐怖が、今も足をすくませる。このままでは、私は、負け犬として一生を過ごさねばならないだろう。依頼は・・・、一つのきっかけだ。再び迷宮に潜り、恐怖に打ち勝つ為の。・・・依頼を引き受けてくれた者に全てを頼ろうとは思わない。共に、迷宮に行ってくれるだけでいい。どうだろう、私にチャンスをくれないだろうか」 グレッグの言葉に、剣士は無言でうなずいた。 「座れ。もう一人の依頼主が来る」 グレッグは、がたんと椅子を引くと、腰をおろした。 カレブは大笑いしたくなるのを、必死に我慢していた。 まいったね。忍者が恐怖を感じるなんて! だが、ふと我に返り、カレブはいぶかしげな顔をした。 ・・・、でも、どうしてぼくはこんな事を思うのかしら。 カレブは、閃光のショックの為か、ところどころの記憶が飛んでいた。 いやだな。 記憶と向き合おうとした瞬間、ドタドタという乱暴な足音がして、カレブの思考を中断させた。近づいてくる足音の主を見たカレブは、頭を抱えてテーブルにつっぷした。 「依頼を受けてくれたんだってな!」 人懐こい笑みを浮かべ、若い戦士が、剣士の背後に立つ。 「俺は、リカルド=ドレフェス。信頼が、冒険に役立つものなのか知りたいんだ」 リカルドは、唾を飛ばしながら熱く語り始めた。 彼は、以前何人かの仲間と迷宮に潜っていたそうだ。 「確かに効率だけを考えるなら、俺のした事はまちがってるんだろうさ。でもな、それだけじゃないだろう? 裏切れない絆や・・・、守らなきゃいけない何かがあるにちがいないんだ。俺はそれを実感したい」 ふと、リカルドの目が真剣になる。 「あんたの噂は知ってるよ。迷宮の最下層まで行ける白髪の剣士。もっとも、魔神の宝に近しき者・・・」 リカルドの声にかすかに混じる感情は、憧れ。 「あんたとなら、信頼を築いていけそうな気がする」 剣士は頷いて、リカルドの言葉を止めた。 「お前の気持ちはよくわかった。だが」 「だが?」 「忍者も聞くがいい」 呼ばれて、グレッグは視線をリカルドから剣士に移す。 「依頼請負の手続きをしたのは確かに私だが、お前達の依頼を遂行するのは私ではない」 グレッグは眉をよせ、リカルドは大きな声を出した。 「え!? じゃ、じゃあ誰が」 剣士はカレブを指し示した。 「この者だ。カレブ。顔をあげろ」 しかし、カレブはテーブルにつっぷしたまま動かなかった。 強く背中を叩かれ、しぶしぶ顔をあげる。 |
「ああああああああっ!?」 |
迷惑な大音量が酒場に響き渡った。 「てっ、てっ、てっ」 リカルドは、驚愕の表情でカレブを指差した。 「手前はっ!」 やがて、リカルドの驚愕は、怒りへと変わっていく。 「て、手前のせいで、俺はっ!」 「依頼を遂行するのは、このハーフエルフ。名をカレブという」 「こ、こいつが依頼を遂行するだあ!?」 叫んだリカルドは、ゲラゲラと笑い出した。 「ふざけんな!!」 再び怒る。 「俺の依頼は、「信頼というものを教えて欲しい」だ!」 「何度も言わなくてもわかっている」 「あんたは、知らないんだな。いいかい? こいつは、コソ泥だ! 俺から全財産をかっぱらったんだ!!」 ・・・・・・リカルドは、カレブに財布をすられたあげく、「あんな様子で、このご時世を生きていけるのかしら」と心配された戦士に他ならなかった。 「コソ泥と信頼を築けっていうのか!? そんなの、絶対、不可能だ!!」 ごもっとも、とカレブは心の中で呟いた。 前途は多難で、ひどく馬鹿げていた。 |