「・・・ジャイアントトードが唸ってる・・・」 青白い顔で、カレブは呟いた。 「随分と強いお酒を飲んだのね」 「・・・そうみたい。くそう、リカルドの言う事なんかきくんじゃなかった」 言いながらも、激しい頭痛がしてカレブは顔をしかめる。 おかげですっかり二日酔いだ。 「なんとかして、あいつに思い知らせてやらなくちゃ」 たっぷりと恨みのこもった声で、カレブは小さく呟いた。 「なにか言った?」 背を向けていたミシェルが振り返る。 「ううん、なんにも」 カレブはあわてて微笑んだ。 「飲んで。知り合いに煎じてもらった薬草よ。気分が良くなるわ」 どろりとした見た目とは裏腹に、それからはさわやかな香りがした。 「ありがとう」 カレブは、椀の中身を一息で飲み干すと、ふう、とため息をついた。 「あまり怒らないであげて。その薬草も戦士さんに頼まれたのよ。エルフなら、薬草にくわしいだろう、って」 どうやら、聞こえていたらしい。 「彼、あなたのために、一生懸命だわ。少しは認めてあげたらどうかしら」 ミシェルは、カレブの瞳をのぞきこんだ。 「ああ、認めてはいるのね。素直になれないだけで」 「・・・結構、意地悪だな」 カレブは唇を尖らせた。 確かに、ミシェルの言うようにカレブはリカルドを認め始めていた。 だが、口は心とは逆の言葉をもらす。 「だけど、あいつ、今だってわたしをおいて、どこかに行ってるんだ。わたしを、こんな目にあわせたくせに」 「あら。傍にいて欲しかったの?」 思ってもみなかった言葉を言われて、カレブは顔を赤くした。 「馬鹿なっ。それは、違う、絶対に違うぞ! なんだって、あいつにっ・・・!」 叫んだせいで、頭がくらくらした。 ううっと頭を押さえるカレブを見て、ミシェルはほがらかに笑う。 「もう少し、時間が必要かしらね」 何故だか急に、泣きじゃくりながらリカルドに抱きついた自分が思い出されて、カレブは顔をさらに、さらに赤くした。 「うわああ! 消えろっ!! 幻ッ。二度としないぞ、あんな事。わたしは、あいつが、大嫌いなんだっ」 その時、ノックの音がした。 「寝てらっしゃいな」 ミシェルは起きだそうとするカレブをとめると、扉に近づいた。 「どなたかしら?」 扉を開けずに尋ねる。 「あー、俺だ。すまないんだが両手が塞がっていてね。扉を開けてもらいたいんだが」 声の主はリカルドらしい。 カレブは口をゆがめて笑っている。 「生憎、”俺”なんて知り合いはいないね」 「・・・だそうよ?」 ミシェルはそのままをリカルドに伝えた。 「・・・ミ、ミシェルさんまでそんな事言うのか」 「部屋の主はご立腹みたい。名前をおっしゃってくださいな」 唇に人差し指を当てたミシェルは、本当に楽しそうだ。 「あ、あいたたた。くそっ。でも、ぷっ、はははは。い、入れてやって、ミシェルさん」 ミシェルは軽やかに扉を開けた。 「なに、それ?」 見慣れぬ物体に、カレブは思わず不思議そうに尋ねていた。 「あら、雪」 ミシェルが呟く。 「雪? わざわざ部屋に持ち込むなよ。吹雪の中を歩いて、散々堪能しただろう?」 とうとう頭がいかれたのか、などとカレブは酷いことを考えた。 「甘い香り」 リカルドはやっとふくれ面をひっこめると、ミシェルにブリキのカップと木の匙を差し出した。 ミシェルは臆した様子もなく、匙を口へと持っていった。 「美味しい」 雪を飲み込んだミシェルは、満足そうにそう言った。 「随分と変わったお料理ね」 「酒場の親父が隠してた野イチゴの砂糖漬けの樽を開けさせたんだ。口当たりがいいから、二日酔いのカレブでも食べられるかなって」 リカルドは、カレブにもカップを差し出す。 「ほんとだ。美味しい」 「これなら、重くないだろ? 全部食っちまえ」 「うん、ありがとう」 嬉しくなったカレブは、ついうっかりとそう言ってしまった。 「え?」 リカルドはまじまじとカレブを見下ろした。 先ほどのミシェルの言葉が、カレブの頭の中をぐるぐるとかけめぐった。 その目は、「素直になってみたら?」と言っていた。 「・・・って言ったんだ」 ぼそぼそと歯切れ悪く、カレブは呟く。 「なぁに?」 笑顔のままでミシェルがうながした。どうしても、言わせるつもりらしい。 「ありがとうって言ったんだ」 「素敵」 リカルドが何か言うよりも早く、パチパチとミシェルが拍手した。 思ったより、簡単に言えた。 「あ、ああ、いや、そうか」 リカルドはなんとも不器用に答えると、それでも嬉しそうに笑った。 カレブは、自然な笑みを浮かべて、もう一度言った。 「ありがとう、リカルド。これ、美味しい」 リカルドは鼻の下をゴシゴシとこすると、照れくさそうに頷いた。 「ゆっくり食べてると、溶けるぜ」 「うん」 しばし、カレブはミシェルと共に匙を動かし、雪を胃におさめる事に没頭した。 「明日からの事、話していいか」 「ああ」 カレブは表情を改めた。 「カレブの目的は、第八層。俺は、金を稼ぐのと、こいつにつきあって依頼を完遂させる事が目的だ。ミシェルさん、まだ聞いていなかったけど、あんたは」 そう言えば、まだミシェルの目的を聞いてはいなかった。 迷宮から帰った後もこうやって付き合ってくれるという事は、今後も行動を共にするという事だろうと、漠然とカレブは受け止めていた。 ミシェルは口元に人差し指を当てると、にっこりと笑って答えた。 「秘密よ」 あんぐりとリカルドは口をあける。 「いや、秘密って・・・」 「秘密なの。でも、一緒に行きたいと思っているわ。魔術師の力が必要ではなくて?」 「必要だ、とても」 リカルドは頷いた。 「では、そういう事よ」 リカルドはちらりとカレブを見た。 「その答えで充分だ。よろしく、ミシェルさん」 「ええ」 リカルドは肩をすくめた。 「よし、それじゃ次へといこう。進行の予定なんだが、この状態で三層に進むのは問題があると思う」 カレブは拳を握り締めた。 グレッグとサラが欠けた状態での戦闘方法を模索しなければならない。 「そう、だね。進むのは、無理だろう」 短くカレブは答えた。 「そこでだ。浅い階層の依頼をこなしていこうと思うんだ。資金もかせげるし、様子もみられる。一石二鳥だ」 「三万ゴールドは、派手に使ったし?」 「そういう事だ」 ちゃかしたカレブの言葉に、リカルドは頷いた。 「いいよ。そうしよう。食いっぱぐれるのはごめんだし、あの薄暗いところで死ぬのもごめんだからね」 ニヤリとカレブは不敵な笑みを浮かべた。 「頭がいいわ、戦士さん」 ミシェルも賛同の意をしめすが、その言葉にリカルドは少々ひっかかった。 「・・・ミシェルさん、それ、褒めてるのか」 「ええ、もちろんよ」 愛らしい笑顔に何か別のものを感じながらも、リカルドは話をすすめる事にする。 「実は、いくつか依頼を受けてきた。主に一層と二層の依頼だ」 「・・・それで、帰りが遅かったのか」 カレブは納得がいったとばかりに、リカルドを見た。 「まあな」 機嫌がよくなってきたぞ、と内心リカルドは安堵した。 「上出来だ。明日、朝一番で動ける。ミシェルさんもそれでいいかな」 「平気よ。迷宮の入り口で待ち合わせましょう」 「うん。それじゃ、今日はもう休もうかな。体調を整えたい」 「あと、もう一つ」 話を終わらせようとしていたカレブを、リカルドは大きな声で止めた。 「まだあるのか?」 「ああ」 カレブとミシェルはもう一度話をする体勢に戻った。 リカルドは唇を湿らせると、ゆっくりと話し始めた。 「俺達は、優秀な前衛と癒しの魔法の使い手を、失った。このまま迷宮の深い所へ行くのは難しい。そこで、パーティに入ってもらう人をさがしてきた」 「え・・・」 カレブがリカルドを見る。 「その人は、剣と癒しの魔法が使える。なかなかの実力者だ。勝手に決めて悪いとは思ったけど・・・」 カレブは、複雑な顔をしていた。 「・・・二人がいなくなったばかりなのに」 そんなカレブの肩に、ミシェルが優しく手を置いた。 「感傷では、解決しない問題もあるわ」 カレブはミシェルを振り返った。しばらく彼女を見つめ、やがて頷く。 「・・・そうだね」 ミシェルはにっこりと微笑んだ。 「剣と癒しの魔法という事は、その人は騎士かしら」 「そう、騎士だ」 「騎士」 一瞬、ラディックの顔が頭を過ぎった。 「一度、会ってる」 「え?」 「グレース=ザリエル。白百合の美姫だ」 カレブの脳裏に美しい娘の姿が思い出された。 ひっこんでいたはずの怒りが、一瞬で爆発するのを、確かにカレブは自覚した。 「こ、この、助平戦士!」 気がついたら立ち上がり、リカルドの腹に拳をめりこませていた。 「み、みぞおち、は、ない、だろぉぉぉ・・・」 リカルドは、情けない声をあげ、床に沈んだ。 |