ポタポタと溶け落ちた雪が、ラディックの足元に小さな水溜りを作る。 宿の娘が恐るおそる布を差し出した。 ラディックは小さく頷いて布を受け取ると、濡れた髪を手早く拭いた。 「ありがとう」 ラディックは娘に布を返すと、カッと踵を鳴らす。 「クイーンガード長のお言葉を伝える!」 直立不動の姿勢をとり、口を開いた。 「昨日、迷宮にて爆炎のヴァーゴを倒せし冒険者よ。疾く王室管理室に参上されたし」 「なに!?」 リカルドは驚いて、ラディックを凝視した。 「た、確かにあいつは昨日、ヴァーゴとやりあって勝ちをおさめたが・・・」 リカルドは、ラディックにカレブを指し示す。 「迷宮に潜り始めてまだ日も浅い。クイーンガード長に呼び出しを受けるような奴じゃ、ないはずだ」 ラディックは唇に薄く笑みを浮かべた。 「伝えるべき言葉は伝えた。それが、全て」 「しかし!」 なおもリカルドは食い下がる。 「この吹雪の中、どうやって迷宮へ行けと言うんだ!」 「私は来たぞ、迷宮から」 はっ、とリカルドは息を飲んだ。 そう、この王宮騎士は吹雪の中をやって来たのだ。 「迷宮までの案内は私がする。急ぎ仕度を整えよ」 リカルド達はカレブを見た。 カレブは、愉快でしょうがなかったのだ。 「いいよ」 カレブは気軽に頷く。 「だけど」 「だけど?」 カレブは立ち上がった。 「着替えが乾くまで待ってくれ」 ひらりと愛らしくスカートが揺れた。 |
カレブは一人で部屋へ戻り、残った三人が仕方なくラディックの相手をした。 こちらの質問にも、なかなか答えない。 リカルドは、ため息をつくと質問するのをやめた。
今までこれほど明確に、王室が冒険者に協力を求めた事はなかった。 冒険者達が生きるために魔物を狩り、その隙をぬって兵士達が探索、調査を重ねる。 あの閃光によって、ドゥーハンの兵達はその数を三分の一にまで減らしていた。 女王は残った兵の三分の一を辺境の調査へ。 どれも、割り当てられるギリギリの数。 ちらりとリカルドはラディックを見る。 そう言えば、この間、ラディックは一階にいなかった。 彼はどこへ行っていたのだ? 休暇? そんなはずはない。兵達はそれこそ不眠不休で働いている。真面目なこの騎士が休暇など取るはずはないし、第一許可が出ないだろう。 守備への配置換え? ならば、彼はいま伝令としてここにはいないはずだ。 ・・・・・・こう考えられはしないだろうか。 クイーンガード長は、思案する。 「それで、俺達、か」 小さくリカルドは呟いた。 サラが、不思議そうにリカルドを見る。 「ぼんやりしてたと思ったら、急にぶつぶつ言い出して・・・、リカルドったら変な人ねえ」 「言うにことかいて、変な人かよ」 リカルドは苦笑した。 いずれにせよ、少ない材料で判断できるのはここまでだ。 この呑気なお嬢さんと、不安定なハーフエルフの少女を守るために。 カッと靴音がして、リカルドは振り返る。 ワンピースは脱ぎ、動きやすい服を身につけている。 綺麗だ、と思った。 「服、もう乾いたのか」 「乾いたから、着てるんだろ。それより、なんだあんた達。ここでずっとだべっていたのか。仕度はどうした」 いけない、とサラが口元を押さえる。 カレブは眉をつりあげた。 「ぐずぐずするなら、置いていくぞ」 青い瞳がラディックを見つめる。 「案内を頼むよ、王宮騎士さん。ぼくは、もう、こんなところに閉じ込められるのはまっぴらだ」 「心得た」 スッとラディックが立ち上がる。 「だが、道は険しいぞ。心しろ」 「望むところさ」 今にも出立しそうな二人を見て、慌ててリカルド達は用意を整えに行った。 やれやれとカレブはため息をつく。 吹雪は、まだ、やまない。 |