時折爆ぜる焚き火の音と、雪の舞う気配だけが、辺りを静かに支配していた。
 銀の髪の少女が腕の中で身じろぎし、ねえ、と声をかけてきた。

 なんだ、と尋ねると、少女は眠れないのだと言う。目を閉じていればいいのに、と思ったが、熱のためかかすかに潤んだ深い青の瞳はなかなかに美しく、何も言う事が出来なかった。

 白い指が伸びてきて、頬に触れる。眠れるように話をして、と少女は言った。
 彼女にしては珍しく甘えているのか。しかし、宵語、夢語になるような小洒落た話を自分は知らない。何を話すべきだろうかと逡巡していると、再び少女が言った。何故、クイーンガードになったのか、と。

 それは、と言葉につまる。

 少女の細い腕に顔を引き寄せられた。そのまま頬に熱い唇が当てられる。

 卑怯なお願いだ。だが、当てられた唇の熱さから、少女の熱が高いようだと悟り、寝かしつけなければ、と思った。じっとこちらを見つめる青い瞳は、話をするまでは眠らないぞ、という強固な意志を発している。

 笑うなよ、と念を押すと、笑いはしないと少女は言った。真剣な眼差しがふいに愛しくなり、少女の目じりの端に口づけを落とす。そして、そのまま語り始めた。

「長くなる。まずは、エルフについて語らなければならないから・・・」


 

 

 最も神に近きもの、それは誰かと詩人が問えば、聴衆は身を乗り出して答えるだろう。

「最も神に近きもの、それはエルフ族!」

 神に近きはエルフ族、それは何故かと弦が歌えば、聴衆は手拍子と共に答えるだろう。

「神の愛娘たる妖精が母ゆえに!」

 そう、エルフ族は生まれながらに神の愛し子。地上にありながら、神とつながりをもつ者達。

 しかし。

 それゆえに、彼らは罪を犯した。
 神に近く、神に愛され、神を敬愛するがゆえに。

 より神に近づこうとした彼らは、神により与えられた能力を、誤った方向に使用したのだ。

 神の如く永久にあり続けようと、彼らは永遠の命を求めた。

 魔力の粋をきわめた様々な魔法実験が緑の城で繰り返され、そして彼らは魂をつかさどるものへとたどり着いた。

 ”それ”は、エルフ達の望みをかなえた。
 エルフ達の想像しえなかった形で。

 その悲劇をここではあえて語るまい。

 ただ、彼らはその罪ゆえに居住地であった緑の城を失い、そこに暮らした多くの命を虚空に散らせ、己の寿命さえも縮めた。

 残されたエルフ達は、その悲劇から逃げるように住み慣れた森を離れた。
 山岳を超え、平野をさまよい、夜と朝の間を進むのだ。いつかその罪が許され、森へと帰る事ができるその日まで。

 詩人達は歌う。罪と祈りを胸に抱き、黄昏の大地を行くエルフ達を「流浪の民」と。


 

 

 エルフは咎人なのさ、と言うと、ふうん、と興味がなさそうに少女は頷いた。
 少女自身にもエルフの血が半分流れているのだが、まるで関係がないといった様子だ。だが、それも無理のないことかもしれない。彼女は、人間達の中で育ったはずだから。エルフの中で育った者ですら、祖先の罪を己の罪だと実感できない者がいる。かく言う自分自身がそうだった。罪だとか、罰だとか、そういった認識もなく、父や母、それに仲間達と、迎え入れてくれる森を探してただ彷徨っていただけだ。ただ、幸せに。いや、幸せだったのだと、気づくことさえなく。



 
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