自然に抜け落ちたピクシーの羽には、不思議な力が宿るという。
 羽はひらりと風に舞い、こめた想いを届けるのだと・・・・・・
 次の依頼は、恋に悩む依頼主のために、おまじない用のピクシーの羽を探すというものだった。

 リカルドからあらましをきいたグレースは、少し口元をほころばせる。

「ロマンチックですね」

 興味がなさそうだったカレブは、髪を手ぐしで整えながらリカルドを見た。

「適当にピクシーを捕まえて、羽を抜いちゃダメなのか」

「・・・・・・」

 リカルドは乾いた笑いを浮かべ、グレースは顔を青ざめさせた。

「血の付いた羽をおまじないに使うのか。凄惨だな・・・」

 思わず想像してしまって、リカルドはぶるぶると頭をふった。

 血で穢れた羽に恋の成就を願う乙女。
 こうなっては、もはや「おまじない」などという可愛らしいレベルではすまなくなる。
 魔術や呪術といった領域に達してしまいそうだ。

「生きているピクシーから羽を抜いても、魔力のこもりがいまひとつで、良いおまじないの道具にはならないわ」

 小さく相槌をうちながら話を聞いていたミシェルが、口をはさんだ。

「自然に抜け落ちた羽は、風のささやきをたくさん受け止めているの。だから、おまじないの道具になるのよ」

「・・・まあ、ピクシーのキンキンした泣き声を聞く必要もないか」

 頷くカレブをみて、リカルドとグレースはほっと胸をなでおろした。どうやらピクシーを生け捕るという乱暴な考えは改めてくれたようだ。もし、ミシェルが賛成していたらどうなっていたかは、この際考えてはいけない。

「いずれにせよ、まずはピクシーを探しましょう。中には気のいい子もいるから、羽をもらえるかもしれないわ」

 ミシェルの提案に、リカルドはそうだな、と頷いた。
 どこにあるかもしれない羽だけを探して迷宮をうろつくよりは、ピクシーに的を絞った方が効率がいいだろう。

 かくして、一行はピクシーを求め、迷宮第一層をさまよった。
 しかし、普段はこうるさいピクシーが、こういう時に限っていっこうに現れない。

「用があるのは、ハーピーじゃないっ!!」

 三度目のハーピーの群れを倒し終えたカレブは、とうとう癇癪をおこした。
 ここまでに、ハーピーの他にもオークやコボルド、ジャイアントトードなどを倒しているのだから、無理もない。むしろ、気の短いカレブにしてはよく保った方だと言えよう。

 遠慮なく喉を斬り裂かれたハーピー達は血だまりにしずみ、ヒクヒクと命の残り火をもやしている。宙をただよう赤や白の羽毛が、この戦闘の騒々しさを物語っていた。

 カレブはふわりと落ちてきた羽毛を一枚つかむと、リカルドの鼻先で振ってみせる。

「この羽をかわりに使うってのはどう?」

 なんともいえない腐敗臭に鼻孔をくすぐられ、リカルドは立て続けにくしゃみをした。

「こんなものをおまじないなんぞに使ったら、百年の恋も醒めそうだ!」

 顎に指を当て、何かを考えるようなそぶりをしていたグレースが、ふと顔をあげカレブを見つめた。何か言いたそうな表情だ。カレブは羽毛を放り投げるとグレースの方に向き直った。

「なに? グレース」

 ふわりと羽毛が床に舞い落ちてから、やっとグレースは口を開いた。

「二層へ移動してみてはどうでしょう」

 カレブは眼差しで続きを促した。
 グレースはすうっと息を吸い込むと、一息に続ける。

「わたしが二層を探索していた時、何度かピクシーに遭遇しました。ピクシー達は群れる事を好むと聞きます。この層にいないのなら、二層に集まっているかもしれません。二層にある機械室、あそこは彼女達のお気に入りの場所のようです」

「ああ、そう言えば」

 リカルドが相槌をうった。

「以前にいたパーティで、二層のピクシーに苦しめられたっけ。全員眠りの魔法で・・・痛え!」

 いつのまにやら伸ばされたカレブの手が、リカルドの尻をつねっている。

「そう言う事は、もっと早く思い出せ」

「すみません」

 きっと自分に言いたかったのだ、そう思ったグレースは頭を下げた。
 己の至らなさのせいでリカルドまで叱られている、そう思うとやるせなかった。

 そんな彼女の背中を、誰かがポンと優しく叩いた。顔をあげると、ミシェルが微笑んでいる。彼女は無言で、迷宮の闇を指し示した。

 見れば、カレブとリカルドが、ギャアギャアと口論をかわしながら第二層へと向かっている。

「気にしなくてもいいようよ」

「・・・そのようですね」

 どうやらあれがあの二人のコミュニケーションの取り方らしい、とグレースは納得した。
 どことなく寂しい思いにかられ、グレースは目を細める。
 自分には今、あのように信頼して心をくだける相手はいない。傍にあった温かな手は、失われてしまった。腰の冷たい剣だけが、皮肉にもかつてのぬくもりをグレースに繋ぎとめている。

「行きましょう、遅れると怒られるわ」

 物思いに沈みかけていたグレースの意識を、ミシェルの言葉が呼び戻した。

「ええ」

 ミシェルに頷き、グレースはカレブ達の後を追う。
 無意識のうちに剣の柄にふれながら・・・・・・。


 

   第二層の機械室までの道のりは、現れる敵が一層とほぼかわり映えのしない雑魚だった事もあり、比較的容易だった。

 カレブとリカルドは息の合った動きを見せ、グレースは安定した剣技を披露する。そこをミシェルの補助魔法が支えれば、ほぼ無傷で戦いは終わった。

 先日の第二層での苦しい戦いが嘘のようだ。

 この調子で探索がすすめば、明日の三層入りは問題ないだろう。
 そう思いながら、カレブは機械室の扉に手をかけた。

 力を入れる前に、チラリと仲間をうかがう。
 彼らが頷いたのを確認して、カレブは扉を押し開いた。

 とたんに、視界に飛び込む淡い燐光。
 赤スグリの房が風に揺れるかのようなざわめきが、耳をくすぐる。

「ピクシーだわ。こんなに大勢・・・」

 グレースが軽く目を見張った。

 機械室は、いくつものピクシーの群れに占拠されていた。
 一層と二層、全てのピクシーが集まっているのではないだろうか。

 レバーに腰掛けているもの、歯車にぶら下がっているもの、クルクルと部屋を飛び交っているもの・・・。

 ピクシー達は気ままな動きをしているようだが、よくよく注意してみれば、対立する二匹のピクシーを、何組かの群れが取り囲んでいるのがわかった。野次馬の彼女達は、楽しそうにクスクスと笑いながら、事の成り行きを見守っている。

 輪の中心にいるピクシー達は夢中になって何かを言い争っており、部屋に入ってきたカレブ達に気づく様子はなかった。

「さっさと、それをちょうだい!」

 キィンと甲高い声が叫んだ。

 まなじりを吊り上げたピクシーが、細い指を突きつけている。

「イヤ。これには、大切な想いが残ってる。カエシテあげなきゃ」

 指をつきつけられていたピクシーは、手にしていた銀色の輪を、サッと背後に隠した。

「アハハハハ! バカだね、ニンゲンにかえしちゃったらツマラナイ! あたいにちょうだい。頭にかざるの!」

「キレイ、キレイ。似合う」

「カンムリみたい。ステキ、かざろう!」

 まわりの野次馬に口々に言われ、そのピクシーはますます調子付いたようだ。
 輪を隠すピクシーにむかって、手にしていた槍をつきつける。

「さあ、ちょうだい! ハヤクしないと、そのトモダチみたいになるよ!」

 槍が振り下ろされた先には、血まみれのピクシーの死体が転がっていた。
 どうやら何度もなんども槍で突き刺されたらしい。

 輪を隠したピクシーの燐光が、一瞬ゆらめいた。
 顔には濃い怯えの表情が浮かんでいる。

 しかし、ピクシーは輪を握り締め、叫んだ。

「アゲナイ!」

 槍をかまえたピクシーは、なにも言わずに突き進んだ。
 輪を持つピクシーは素早く上昇し、それをかわす。

 逃げ道を探す小さな瞳が、カレブ達を捕らえた。
 ピクシーは羽を震わせ、一息で飛んだ。

 ふわりとピクシーはカレブの肩に舞い降りる。

「お願い、タスケテ!」

 耳元で甲高い声が響き、カレブは顔をしかめた。
 だが、その手はすでに抜き身の短剣を握り締めている。

「よくわからないけど、あのこうるさいピクシーをしずめればいいんだな」

 こくんと頷くピクシーに、ニヤリとカレブは笑った。

「あんたの羽と交換なら、手を打つ」

 再びピクシーは頷いた。

「よし、どいてな」

 ピクシーは嬉しそうに空中でくるりととんぼ返りをすると、グレースの頭に着地した。
 トン、とカレブのブーツが床を蹴る。

 肉薄するカレブに、槍をかまえたピクシーは挑戦的に叫んだ。

「ジャマするならオマエも殺すよ!」

 けたたましい笑い声をあげていたピクシーは、しかし、ビクリと動きを止めた。

 見て、しまったから。

 凍てつく冬の泉たるカレブの二つの瞳を。

 全てを冷たく閉じ込めるそれは、ピクシーのか細い手足を凍りつかせてしまったらしい。
 恐怖が冷たい腕となって、ピクシーの心臓を抱擁する。

 ヒッ、と悲鳴を上げる暇さえなかった。
 小さな身体の中心を、残酷なまでの正確さで短剣が貫いていた。

 ピクシーの身体が一度だけ小さく痙攣し、次の瞬間、だらりと力が抜けていく。

 辺りが水を打ったように静かになった。

 カレブが短剣を一振りすると、ビシャリという水っぽい音と共に、ピクシーの身体が床に叩きつけられた。それは、熟しきった果実が重みにたえきれず地面に落ち、無残に潰れるさまに似ていた。カレブは短剣をもう一度無造作にふり、刃を汚した血を落とす。

 ざわざわと殺気が部屋に満ちた。

 野次馬を決め込んでいたピクシー達が、カレブを敵と認識したのだ。

 カレブは軽く短剣をかまえ直す。
 だが、カレブが動くよりも早く、背後からミシェルがピクシー達に声をかけた。

「去りなさい。この炎を浴びたくなければ」

 ミシェルのかざした杖の先で、花のように朱金の炎が揺らめいていた。
 あの一瞬の間にザクレタの魔法を詠唱していたらしい。

 ふりむけば、リカルドとグレースもそれぞれに剣をかまえている。
 一人は威嚇的に、一人はただ静かに。

 ピクシー達は旗色悪しとふんだのか、嵐のような罵詈雑言をカレブ達にぶつけると、一斉に部屋から飛び出していった。それぞれの棲家へと戻るのだろう。

 ざわめきと羽音が聞こえなくなると、グレースの頭につかまっていたピクシーは、ほうっと安堵のため息をついた。

「もう大丈夫」

 ミシェルが指先で、ピクシーの背中をなでた。

「アリガトウ」

 ピクシーもエルフも元をただせば同じ妖精を母に持つという。
 ミシェルの身体に流れる血に親しいものを感じたのか、ピクシーは嬉しそうに微笑んだ。

「何をもめていたんだ」

 カレブがピクシーを見つめる。カレブよりもグレースのほうが少しばかり背が高いので、必然的に見上げる体勢だ。

「わたしのトモダチが、コレを地下神殿で見つけてきたの」

 そう言ってピクシーは、守り通した銀の輪を差し出した。

「凄い指輪じゃないか」

 リカルドがヒュッと口笛をふく。だか、それも無理はなかった。近くで改めて見たそれは、鑑定眼などなくとも、一目で値打ちものだとわかる指輪だったのだ。磨きこまれた銀の台はほのかな輝きをはなち、薔薇の形に刻まれた小さなカーネリアンを支えている。基本的な造形だが、それゆえに細工の素晴らしさが際立っていた。ガルシアが見たなら、感嘆と敗北のうめき声をあげたかもしれない。

「はじめは、オモチャにするつもりだったの。でも、コレ、強い、強い想いがこもってる。わたし達が遊んじゃいけないモノ。持ち主に、カエシテあげなきゃ・・・」

「ふぅん」

 興味がないカレブは、そっけない返事をした。
 それよりも、さっさとピクシーの羽がほしかったのだ。

 事情を説明すると、ピクシーは快く頷いてくれた。

「ちょうどおととい、羽が抜けたばかりよ。まだ捨てずに、寝床においてある。もって来るから、少し、待っていて」

 ピクシーはグレースの頭から浮かび上がった。
 そして、カレブに向かって指輪を放り投げる。

「もどってくるまで、アナタにあずける。守っていてね」

 カレブがうまく指輪を受け止めたのを確認して、ピクシーは寝床へ向かった。

 カレブはゆっくりと腕をおろすと、握り締めた手を開いた。
 ランプの光を受け、白い手のひらの上で指輪が輝く。

 カレブは眉をひそめると、指輪をスッと目の前にかざした。
 輪の内側に、文字のような模様を見つけたのだ。

 持ち主の手がかりになるかもしれない。
 そう思い、カレブは目をこらした。

「やっぱり文字だ」

 指輪に彫られていたのは、小さくはあったが、まちがいなく常用文字だった。

「あ、い、す、る・・・?」

 カレブは、声に出して文字を読む。

「愛する、オティーリエに、捧ぐ。R=A・・・」

 リカルドとグレースが弾かれたように指輪を見た。

 ”オティーリエ”その名を持つ者を、皆、ただ一人しか知らなかった。
 ドゥーハンにおいて、その名を冠するのは、女王をおいて他にはない。

「これは・・・・」

 カレブは、何故か心臓がはねあがるのを自覚した。