第十五場 中 層

 シンと静まりかえった迷宮内に、昇降機の停止音が響き渡った。
 まるで巨大な鳥かごのような昇降機の扉が開き、そこからサキ達が姿を現す。

 腹の底がくすぐったくなるような浮遊感から解放されたクリスティンは、巨大な縦穴を見上げた。地下一階から続くこの穴を、自分達はわずかな時間で降りてきたのだ。

「なに見てるんだ?」

 めずらしく機嫌の悪そうな顔をしたノーグが、クリスティンの肩に手をかけた。

「いや」

 クリスティンは縦穴から視線を外す。

「すごい装置だなと思って」

「すごいなんてもんじゃないぜ。重力を永久管理してるみたいなもんだ。いったいどれだけの魔力が消費されてるんだか、わかりゃしねえ。これ作った奴は相当なバカだな」

 こういう話を聞くと、ノーグも魔術を理解する者なのだという事を思い知る。普段はつい、その事実を失念しそうになるが。

「迷宮と共に誕生したと言われています。後から誰かが設置したのではなく、始めからここにあるのです」

 カナンが会話に参加した。

「はっ、恐るべきは魔よけの魔力、そしてそれを持つワードナ、か」

 唇をゆがめ、ノーグが吐き捨てる。
 クリスティンは、肩に置かれたノーグの手が、細かく震えているのに気がついた。心なしか顔も青ざめているようだ。

「ノーグ、まさかとは思うけど、怖いの?」

 ジロリと険悪な目つきで、ノーグはクリスティンを睨みつけた。

「誰に言ってる? 俺が怖いかよ」

「でも、顔が青いよ」

「怖かねえさ。怖かな。ただ……酔ったんだよ、コレに」

 ノーグは、降りたばかりの昇降機を親指で指し示した。
 クリスティンとカナンは、顔を見合わせると思わず吹き出す。

「笑うな!! 俺は、てめえらと違って、繊細に出来てるんだよ!!」

 だが、ノーグのその言葉は、クリスティンとカナンにさらなる笑いをもたらす結果となった。

「ちょっと」

 吹きすさぶ北風よりも冷たいサキの声が響く。

「なかなか余裕ね、殿方達。なんなら、あなた達に先陣をきってもらいましょうか?」

 振り向くと、怖い顔をしたサキが腕を組んでいた。

「すみません」

 カナンが肩をすくめる。

「まったく、カナンまで一緒になって騒ぐ事ないでしょ? その馬鹿ッ面をさらしたまま死にたくなかったら、さっさと隊列を組みなさい」

 怒鳴られた男達は、いそいそと決められた位置についた。
 ラーラがノーグに小声で、「バカ」と言う。
 言い返したいのは山々だったが、これ以上サキに小言を言われるのを避けるため、ノーグは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 隣に来たクリスティンに、ミトはすっと天井を示して見せた。

「見て。今までより、うんと天井が高いわ。それに、通路も広い。間違いなく、大型の魔物が出没するわね」

 天井と通路に視線を走らせ、クリスティンは頷いた。

「そのようだね。確かに笑ってる場合じゃないな」

「行くわよ」

 歩き出したサキに、全員が続く。
 まっすぐ続く長い通路を歩き、正面にひとつだけある扉を開けると、けたたましい音が鳴り響いた。

「アラームです! 敵が現れます!!」

 カナンの忠告が飛ぶや否や、サキとクリスティン、ミトは武器を抜き放った。
 周囲の大気がユラリと揺れ、まがまがしい波動が押し寄せる。

「転送!?」

「来るぞ!!」

 ただならない気配に、カナンとノーグの顔も険しくなった。
 右手をかざし、いつでも詠唱が出来る体制に入る。

 陽炎のように歪んだ空間から、緑色の鱗をもった一体の竜が現れた。



陽炎のように歪んだ空間から、緑色の鱗をもった一体の竜が現れた。


「ガスドラゴン!!」

 チッとサキは舌打ちした。
 手早く始末しなければ、毒素を帯びたガスの息が吹き荒れる事になる。
 自分やクリスティンはともかく、ミトやラーラは耐えられないかもしれない。
 へたをすれば、カナンやノーグにまで被害がおよぶだろう。

 一撃で決める必要があった。

 サキは跳躍しようと筋肉をたわめたが、それよりも早く、ミトとクリスティンが飛び出した。

 ミトが手にした刀がうなりをあげ、ガスドラゴンの両腕を切り裂いた。
 しかし、その攻撃にいつもの切れはなく、浅く傷をつけるにとどまる。

 怒り狂ったガスドラゴンは、ミトに向かって長い首を伸ばした。

「ミト!」

 間に合わないと直感しながらも、サキは飛び出さずにはいられなかった。だが、サキを制するように鋭く銀光が走る。

 ガスドラゴンが、すさまじい悲鳴をあげた。クリスティンの剣が、下あごから上あごに向かって刺し貫かれている。自由にならない口元から、奇妙な色の血が溢れ出した。

 ガスドラゴンは、クリスティンの剣に貫かれたまま、大きく首をもたげる。
 武器を失ったクリスティンは、素早く攻撃範囲から離れた。
 そこに、極限まで照準を絞り込まれたラーラのダルトの魔法が叩き込まれる。

 細く細く練られた事によって勢いを増したダルトは、ガスドラゴンの首を一気に貫いた。
 ガスドラゴンの赤い瞳から光が消え失せる。

 ガスドラゴンは、その強靭な爪も尾もつかう暇なく、ガスの息を吐く事もなく、どうと倒れた。

 ミトがおとりとなってガスドラゴンを逆上させ、クリスティンがダメージを与えると共にガスの息を封じ、ラーラがとどめをさす。完璧に計算された、三人の連携攻撃だった。

 クリスティンが、倒れたガスドラゴンから剣を引き抜く。

「驚いた……」

 緊張を解いたサキの顔に笑みが浮かぶ。

「やるじゃないの、あなた達!」

「見事でしたよ、スティン、ミト、ラーラ」

 手放しでサキとカナンが三人を褒めた。
 実際、一人として負傷せず、さして高位の魔法も使わずに竜を仕留めたのだ。見事の一言につきるだろう。

「予習とシミュレーションが役にたったね」

「こんなにうまくいくとは思わなかった」

 微笑むクリスティンに、ミトも笑顔で答えた。後方では、ラーラがノーグにむかって自慢げに胸をそらしている。

「頼もしいわね。それじゃ、勢いに乗っていきましょうか。第二昇降機の鍵をとりに、ね」

 サキは、スッと通路の奥を指し示した。